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天国か地獄

 彼女は毎年同じことをした。年を越すその瞬間に小さくジャンプをして「年越しの瞬間、地球にいなかったことになるんだよ」と言った。馬鹿馬鹿しくて子供っぽくて、でもいい歳をしてそんなことをやめない彼女がとても好きだった。一昨年も、去年も、その瞬間、彼女は宇宙にいた。コンマ数秒後に小さいつま先が地球に着いて「着地」と笑いながら言う。おれは毎年「おかえりなさい」と言う。他愛のない、罪のない戯れだ。今年も同じことをする予定だったが、おれのライブのせいで予定が狂った。彼女のために絶対にカウントダウンライブだけはしないと断言していたのだが、今回だけだと周りに頼み込まれ、仕方なく引き受けた。彼女も納得していた。だから、きっと、本当に、単なる偶然。急いで帰ると彼女はいなくて、マリィから何度も着信があったことに気づきかけ直すと「アニキの彼女が事故って運ばれたんやけど、連絡きてない?」と言われた。もつれる脚で慌てて指定された病院に向かう。「意識はずっとありません」「面会されても話せませんよ」医者と看護師に続け様に言われた言葉に愕然として、返事ができない。会えないよりは少しでも顔を見られたほうがいいに違いないと思った。だからこの極寒の中汗だくのまま、彼女の横たわる病室に足を踏み入れた。病室には機械の音と、風が窓を叩く音だけ。まるでしんしんと降り積もった雪のように白い部屋。自動車とぶつかったと聞いていたが、顔に怪我はないようだ。よかった、あの可愛らしい唇が破れていないことは幸いだった。なんとなく腕時計を見ると、もう年を越して二時間も経つところだった。「……早く帰ってきてください」囁いても、返事はなかった。宇宙でなく、別のどこかにいるとしたら、迷子になって帰ってこられないかもしれない。ねえ、お前はいま、どこにいるんですか?
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