×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




ラバーソールオンザフロア



「荷物とアウター、ロッカーに預けて」
「そんなにかさばらないから大丈夫だって」
「アンタが大丈夫でも他の人が大丈夫じゃないの」
「へいへい」
「チケットとドリンク代は忘れずにね」
「オレ別にドリンクいらないんだけど」
「アンタはいらなくても払うもんなの!」
 ずっと怒られている。興味本位に「オレもネズのライブ行ってみたい」なんて言うんじゃなかった。本人に言えば関係者として入れると提案したがそれも怒られた。関係者席だとよくないらしい。なぜか聞いたが理解できなかったので、忘れた。じゃオレもとネズに内緒で彼女と一緒にチケットを取った。
 これ、デートだろ。
 たぶんオレはニヤニヤしていた。ライブハウスに着くまでずっと。肩を抱いたり手を繋いだり、そういうことはできなくても、ふたりで歩いているだけで十分だ。彼女はいつもより背が高い。フロアで埋もれてしまわないように備えているのだ。神サマから少しでも見えるように。
 彼女の髪は白黒で、ネズとお揃いだった。それがかなり嫌だった。
「オレ、ネズに見つかると嫌だなぁ」
「じゃあ後ろの方で座ってるといいよ。暗いし、分からないと思う」
「お前は?」
「え? わたしは一番前に行くけど」
「めちゃくちゃ離れるじゃねーか!」
「じゃあ最前来なさいよ!」
 勢いで言い返したがすぐに噛みつかれた。反論の意味をよく分かっていないようなので一命を取り留めたといえる。離れたくないからライブまで一緒に来たのに、結局フロアでいちばん離れ離れになるらしい。
 彼女はミネラルウォーター、オレはジンジャエール。ドリンクを交換してフロアに足を踏み入れる。まだ始まってもいないのに熱気に押し返されそうになった。
「じゃね」
 最奥に向かうオレに彼女は笑顔で手を振った。可愛いな、とニヤける。オレのための笑顔ではないと分かっていても。
 正直いってネズの音楽にそこまで興味もないし、つまらないから彼女を観察することにした。いまは黒い柵にもたれかかってスマホをいじっている。水を飲みながら。オレはジンジャエールを一気に流し込んでプラのコップを握り潰した。ゴミ箱がなかったので仕方なくポケットに突っ込む。彼女はペットボトルだったので、賢いと思った。全ての所作が手慣れていた。
「あー……煙草吸えないんだった」
 頭を抱えて独り言。あと30分、ぼんやりしているしかないか。とりあえず溜まっていた連絡を全て返そう。ネズから業務連絡もあったはずだ。どうせいま返信したところで反応もないだろうし、今のうちに言いにくいことを伝えておけばいい。
〈その日は無理だわゴメン!〉
 既読のサインがすぐに点く。ビビった。
〈強制参加です。全員〉
 開演直前にメッセンジャーを見る余裕はあるようだ。しかも、機嫌が悪いようにみえる。
 また頭を抱えていると、フロアが暗転した。重いSEと共にネズが姿を現す。悲鳴に似た歓声。いつもより少し背が高いあの子の声ははっきり分かった。
 借りたアルバムでいちばんキャッチーだった曲から始まった。この世を儚む詩人の歌だ。彼女は拳を突き上げ、髪を振り乱していた。オレはあの子しか見ていなくて、あの子はネズしか見ていない。視線の一方通行が悔しかった。どうせ見えないが、眼もキラキラしていて、泣いたりするんだろう。
 だいたい、オレはネズが書く詞が好きじゃない。ジメジメしていて性に合わない。もっとストレートなラブソングを作れば売れるのに。ま、似合わねーけど。
 二曲、三曲と続けて激しいチューンで、あの子は大きな花が咲くみたいに大きく手を振ってピョンピョン跳ねていた。あんな姿、初めて見た。いつもはベッドから極力出ないようにしているのに、ネズの前だと別人みたいだ。

 愛してる愛してる。嘘みたいに愛してる。この世の全てを燃やしても愛してる。世界の果てでも愛してる。ふたりで海に沈むだけ。沈んでゆくだけ。愛しているから。

 あの子がいちばん好きな重いラブソング、オレが苦手な捻くれたラブソング。ポケットのなかのコップをまた握り潰した。よりによってどうしてこの曲を演るんだ。彼女は絶対に泣いている。
 小一時間前の、これをデートだと思ってニヤニヤしていた自分をぶん殴りたい。
 耳がおかしくなってきた。MCなんか頭に入らない。
 ライブ後彼女となにを話せばいいのか、オレはまたまた頭を抱えた。
- - - - - -