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「おめでとうございます、マッチング成立です!」



 近づく聖夜に浮き足立っている冬の街はとてもカラフルだった。赤や緑や金やキラキラしたものがたくさん飾ってあり、恋人たちは肩を並べて幸せな話をする。わたしはそんな喧騒には交わらず、ぽつんと約束の男を待っていた。名前も知らない男を。
 どこに住んでいるかも分からない男と知り合ったのは、マイナーなマッチングアプリだ。特殊な性的嗜好を持つ男女が集まる場で、暇つぶしがてら口元を隠した自撮り写真で初めてみた。自己紹介は一言「よくわかりません」。顔を全部出さないというのは、つまり、本当に会うつもりはないことを強調したつもりだった。だが登録者数が少なく、男が飽和していることもあってかやたらとアピールされた。無駄に長い自己紹介、加工された気持ち悪い自撮り、親の年齢ほどの男からのハートマーク。気持ち悪くて、でも色々な人間がいることが面白くて、結局だらだらと利用していた。きっと、生来の承認欲求が満たされて嬉しかったのだ。
 そんな気持ち悪い男たちのなか、彼だけは妙に違って見えた。他人に撮られた後ろ姿を2枚プロフィールに設定し、自己紹介欄には一言「顔がいいです」。最初は呆れて、こんなパターンの変人もいるのかと思った。けれどよく見るとその男の体躯は逞しく鍛えられていて、脚の長さやスタイルの良さがとても目立っていた。2枚もあるのだから無断転載ではなくおそらく本人のものだろう。浅黒い肌と血管の浮いた腕がセクシーに思えて、思わずライクを押した。
――おめでとうございます、マッチング成立です!
 ピンク色のポップアップが知らせる。驚いた、あんなやる気のない写真を設定していたのに、彼もわたしを気に入っていたのか。初めてのマッチングに少し戸惑い、次にどうしたらいいのか分からなくて、結局彼から個別メッセージが来るまで放置してしまった。
〈ありがとう、会う?〉
 小1時間後に受信したのはストレートなメッセージだった。
〈今日すぐは無理です〉
 慌てて返信する。送った途端既読がついた。すごいスピード感だ。
〈オレはいつでもいいよ。っていうかいつがいい?〉
〈あと、どんなことされたい?〉
 連続で質問文が送られてきた。彼の使い方はとても正しい。
〈どうしてわたしにライクしてくれたんですか〉
 それなのにわたしは文脈を無視して質問を投げかける。すぐ既読がついた。どきどきしながら、入力中の画面を見守る。
〈乱暴されたそうだったから〉
 ひ、と息を呑んだ。気持ち悪かったわけじゃない。それが、真実に他ならなかったからだ。
〈あれ? 違った? ごめんね〉
 わたしは震える指で返事をする。
〈明日の夜、空いてます〉
 それから「されたいこと」をぽつりぽつりと送った。ずっと空想していた、ひどいことだ。初対面の人間に頼むことではない。それになにより、この男が信頼できるとも限らない。会う約束をしても、いざ危ないと感じたら逃げればいいのだ。
〈了解。明日オレンジのヘアバンド着けてくから見つけて〉
 昨日送られてきた最後のメッセージを眺めつつ、男の到着を待つ。地下鉄の階段から上がってくる人々にいまのところオレンジ色は見つからない。わたしはというと、全身真っ黒の陰気な格好をしていた。一応、登録していた自撮り写真と同じメイクをしてきたが、向こうからはわたしは分からないだろう。
 電車が着いたのか、出口から人の群れが溢れ出てきた。スーツにコートの人々のなか、オレンジ色が目に飛び込んできた。
「あ」
 浅黒い肌、逞しい手足、頭ひとつ飛び抜けた身長――整った顔つき、きょろきょろと辺りを見回す特徴的な垂れ目、不思議な色の瞳。
 あの人、だ。
 知らず知らずのうちに歩を進め、人の流れなんて無視してその男に近づく。「あ」向こうも気づいたようでこちらに歩み寄ってきた。規則正しく進んでいる人々はあからさまにわたしたちを煙たがって、舌打ちさえされた。
「アプリの子?」
 流れの中ふたりで立ち止まる。
「そ、です」
 掠れた声が出た。大きな手がわたしの肩に触れる。びく、とした。
「はは、緊張してる」
 そのまま肩を抱かれてまるで恋人同士のように人混みに交わる。破裂しそうなほど動悸が激しくなった。どうしよう、あんなにイメージトレーニングしたのに、これじゃ逃げられない。逃げるつもりも、ないのだけど。
「あーゆーのよく使う?」
「初めて、です」
「そうなんだ、オレも初めて」
「えっと、あの、わたし、」
「大丈夫」
 肩を抱く手に力がこもる。男はわたしを覗き込んで、にかっと笑った。八重歯が眩しくて、どきりとする。こんなに整った顔の男に笑いかけられたのは初めてだ。わたしたちはいま、周りから見ると恋人同士に見えるのだろうか。
「ちゃんと乱暴にしてやるから、安心しろ」
 その会話は、そんな甘いものではないのだけれど。









「なんでオレを選んでくれたの?」
「なんとなく」
「顔がいいから?」
「……顔、登録してなかったじゃないですか」
「あーそうだっけ、あはは」
 男はキバナと名乗り、わたしは本名を1文字省いた偽名を使った。
「スポーツとかしてるんですか?」
「うん、まあ」
「モテそうなのに、アプリ使うんですね」
 シャワーを浴び終えたキバナがタオル1枚で戻ってきた。「だってその辺の女だと好き勝手できねぇからさぁ」その言葉に、これから始まることを想像して鳥肌が立つ。
「あ、わたしもシャワー浴びます」
 望んでいるはずの時間が近づくにつれ、なぜかわたしは怖気付いてしまう。
「そのままがいい」
「だって汗かいてて」
「いーの、オレはそのままの匂いが好きだから」
 大きな身体が覆い被さってきた。もたもたと服を脱ぐ。その間キバナは髪に鼻を埋め、何度も深呼吸をしていた。「すげーいい匂い」恥ずかしくて顔が熱くなる。
 ブラウスの前ボタンを全て開け、貧相な身体を曝け出す。「このタイツは破いていいやつ?」スカートに手を入れたキバナが問いかけた。少し迷って、頷いた。安いナイロンを引き裂く音がして、熱い手が内腿に触れる。「っう」過剰に反応してしまい、身体が硬直してしまう。「まだ緊張してんのか」そして器用に片手でブラを外し、放り投げた。
「胸小さくてすみません」
「可愛いじゃん、オレは好きだぜ」
 つうっと鳩尾の辺りにキバナの指が這う。
「大丈夫」
 に、とまた健康的に笑った。
「ちゃーんと、お望み通りのプレイしてやるから」
 ぐっと顔が寄ってきて、耳元で言葉の続きが囁かれる。
「ちゃんと失神するまで首絞めてやる、血が出るまで噛み付いてやる、ゲロ吐くまで腹パンしてやる」
 低い声に背筋が粟立つ。「あ、あ、」全て自分が望んだことなのに、改めて言葉にされると震えてしまった。
「オレが満足するまで好き勝手させてもらうから」
 指がだんだん上がってきて、唇に辿り着いた。「口開けて」おずおずとその通りにする。長い指がぐいと喉の奥に突っ込まれた。「う、っえ」舌の根を擦られ、えずく。苦しい、涙が出てきた。しばらくそうして口の中を弄んだかと思うと、指が引き抜かれてキスをされた。だらしなく開いた唇に遠慮なく彼の分厚い舌が捩じ込まれる。くちゅくちゅと音がする卑猥なキス。恋人同士でするみたいな。舌を吸われ、上顎をくすぐられ、脳がじんとする。ぼうっとなってきたタイミングで首筋に大きな手が添えられた。じわじわと力が強められるのが分かる。ゆっくり制限されてゆく呼吸。頸動脈が押さえつけられ、頭の中が真っ白になる。「は、っあ、あ」必死の息継ぎも全てキバナに奪われてしまって瞬きも覚束なくなってきた。苦しい、苦しい、苦しい――気持ちいい。シーツを必死に掴んで意識を繋ぎ止めるが、どんどん脳がふやけていく。ぎゅう、と一層力強く首が絞められたところで視界がブラックアウトした。
「……う、あ」
 自分の呻き声で目が覚める。もう首は解放されていた。少し咳き込み、それから身体のあちこちが痛いことに気づく。ええと、キバナに首を絞められて、それから――
「いっ、た、いたいっ、あっ、ああっ!」
 右脚を掴んだキバナがその太腿をがりがりと齧っていた。あの犬歯が皮膚を食い破るように食い込んでとても痛い。よく見ると服は全て剥かれ、腕や腹に噛み跡がたくさんあった。失神しているうちに噛まれていたらしい。甘噛みなんて可愛いものじゃない、捕食者の牙だ。
「キバナさんっ、いたい、いたいです、いたい」
「お、やっと起きた」
「いたい、ぃ」
 齧られるたびに身体が跳ねた。過呼吸気味になって、シーツの上でのたうつ。陸に打ち上げられた魚のよう。「あっ、やあっ、あ、あっ!」「もっと肉つけろよ」歯が離れる。涙目で太腿を見ると、皮膚が破れて血が流れていた。べろり、それを舐めとり、キバナは満足そうに鼻を鳴らした。
「しばらく人前で脱げねえな」
「っく、ぅ……」
「あ、タイツ破ったの失敗だったかも。帰りどーする?」
 しゃくりあげるわたしとは正反対に彼はとても楽しそうだ。新しいおもちゃを手に入れた子どものように。
「後ろ向いて」
「ま、まってくださ、」
 身体がいうことを聞いてくれない。腕が震えて身体を支えられず、意味なくもがくだけ。痺れを切らしたキバナが腕を掴んで勝手にひっくり返した。シーツに頭が押し付けられ、また息が苦しくなる。「な、んです、か」がぶり、今度は肩甲骨に噛みつかれた。「うああっ、あっ、ああっ!」肺に残っていた酸素を全部吐き出すみたいな悲鳴を上げてしまった。食いちぎられそうなくらい肉に歯が食い込む。骨に衝撃が伝わって、もう抗えないくらい全身が痛い。
 キバナが喃語よりも拙い言葉を吐き出すわたしの腹を抱え、四つん這いにさせる。少し脚を開かせて、予告なく膣内に指を侵入させてきた。ふつうなら痛い、とまた悲鳴をあげるのだろう。ところがわたしの身体は重なる苦痛のためにぐずぐずに熟れ、難なくそれを飲み込んだ。長い指が普段の自慰では届かないところを刺激して純粋な快感ももたらされる。ふふ、とキバナが妖しく笑った。
「やべーなオマエ、めちゃくちゃ濡れてんじゃん。痛いの気持ちいいんだ?」
「うあ、あ、あ」
「気持ちいいです、は?」
「は、っあ、きもち、い、です……っ」
 ぐちゅぐちゅと下腹部が音を立てるたび、涎がシーツに落ちて染みを作る。気持ちいい、痛い、気持ちいい。指が引き抜かれるとき「あ……っ」と残念がる声を出してしまった。
 次にあてがわれた熱にぞわりとする。指よりも何倍も大きい、太いもの。快楽に息を整えているとそれはずぶりと大きな音を立て予告なく挿入された。
「あああっ! あっ、キバナさんっ、やあああっ!」
 無理やり羽交い締めで膝立ちの状態にされがくがくと足が震える。右手がまた首を絞めてきた。「キバナさ、ん」さっきからわたしは何度も無意味に彼の名前を呼んでいる。
「今度はこっち」
 ずん、と突き上げられ、全身を稲妻が走ったようになる。「あっ、あっ、あ」「もっと腰突き出して」指示されるけれど上手くできない。腰に力を入れて、懸命に歯を食いしばる。ぱん、ぱん、と皮膚がぶつかり合う音。「う゛あ゛っ」ばちばちと白く瞬く視野。
「ん、きもちい」
 キバナが熱く囁いた。首に添えられた手の力がまた強くなる。
「首絞めたらもっとイイ」
「あ、あ、」
 彼の性器は初めて経験する大きさだった。子宮口を殴るみたいに突いてくるからそのたびに呻き声が溢れる。上も下もナカも、全部苦しい。苦しくて、気持ちよくて、死んでしまいそう。わたしは一度気を遣って、糸の切れた操り人形のようにくたりとした。
「やべっ、イく」
 そう呟いて、彼は当たり前のように精液をナカに放出した。文句を言える体力はない。
 腕が離され、どさりと倒れ込んだ。ひきつれる呼吸を整える。「は、あ、」本当に乱暴な、荒々しいセックスだった。涙がまだ止まらない。酸欠の頭がくらくらする。
 肩を掴まれ、仰向けにさせられた。
「まだ終わってねーから」
「え……っ?」
「知ってるか? 腹パンってさ、場所によって痛みが違うんだぜ」
 けらけらと笑いながら言われた言葉にぞっとする。待って、と制止しようとした矢先、臍の少し上をぐりくりと押された。「じゃ、こっから」拳が振りかざされる。どすん、と鈍い衝撃が降ってきた。
「い゛っ、ぐぁ……っ!」
 蛙のような悲鳴が飛び出た。胃から熱いものが迫り上がってきて、喉が焼ける。顔を背け、咳き込んだ。
「う゛え゛っ、げほっ」
 びしゃり、胃の中身を吐き出した。饐えた、嫌なにおい。口の中が気持ち悪い。「お゛え゛……っ」唾液が流れ出て止まらなくなる。もう周りのシーツはわたしの体液でぐちゃぐちゃだ。
「あれ、なんも食って来なかったのか」
 つまらなそうにキバナは唇を尖らせた。「なに食ったか当てようと思ったのに」やっぱり遊んでいる子どものようた。
「じゃー次はこっち」
 続けて子宮の近くに拳が叩き込まれた。鋭い痛みに身体が大きく揺れた。「い゛っ! うあ、あ゛あ゛っ!」ごぼごぼと胃液がまた溢れる。股の間からさっき注ぎ込まれた精液が逆流してくるのが分かった。
「どっちが痛かった?」
 答えられなくて、ただ泣き喚く。怖かった。キバナはまた下腹部を大きくしていて、さっきよりもギラギラとした目つきをしている。確かにわたしが言った。乱暴にしてほしいと教えた。でも、違う、違わないけれど、これは違う、だって彼は本当に自分が満足するためだけにわたしを殴りつけているのだ。
「も、いや、やだ、やめて、ぅあ、あ、」
「まだ」
 上腹部をぐっと押される。「ここがいちばん苦しいらしいぜ」舌なめずり。反射的に目を閉じた。そんなことをしても逃げられるはずがないのに。
「か、はっ」
 鳩尾を突き刺された。思わず目を見開く。顔中が歪んで、呼吸ができなくなる。くるしい、ほんとうに、いちばんくるしい。もう泣いているのか吐いているのか分からない。自分がどうなっているのかまったく分からなかった。
「ここ?」
 同じ場所を力強く押され、またひゅうっと喉が鳴る。いやだ、とか、やめて、とか声が出ない。「やっぱ鳩尾なんだな」手が離れていって、両脚を掴んだ。また犯される、いやなのに、息もできないのに。止めようにもどうしようもない。
 ぐちゃり、心なしかさっきよりも大きいものがわたしを貫いた。なにも分からないけれどキバナが興奮していることは十分伝わる。大きな手が近づいてきた。殴られるのか首を絞められるのか、それとも別のことをされるのか。ナカをずるずると蹂躙する熱に、もう1秒先のことも把握できなくなる。
「オレなしじゃいられない身体にしてあげる」
 耳打ちされたのはこの状況に似つかわしくない優しい口調の野蛮な台詞。
 涙で滲んだ視界に映る天井の照明はやけにキラキラして見えて、わたしたちを偽りの恋人に仕立て上げていた。

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