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おいしい関係


〈ニート希望〉と毛筆体でプリントされたダサいTシャツを着た彼女が「おはよう〜」と目を擦りながら現れた。「キバナよく起きれたねえ」「もう12時だぜ」「あ、おそようだった」ふわあ、と顎が外れそうなくらい大きな欠伸をする。
 コイツとは親友で、毎週オレの家に泊まっては夜通しスマブラなんかをする仲だ。全く気を遣わなくていい楽な関係で、向こうもオレのことは全然男とは見ていない。とはいえセックスしたいかしたくないかでいえば、それはまあ、できるならしたいとは思う。でもどれだけさり気なくボディタッチをしてみてもけらけら笑って躱すだけ。そういう雰囲気にはまるでならないのだ。
「ねむ」
「あんだけ寝といてか?」
「まだまだ眠れるぅ」
 椅子に座ってべたあっとテーブルに寝そべる。行儀が悪いが、特に注意もしない。オレの家にいる間は自由に振る舞っていいから。テーブルの下で足を何度も蹴っ飛ばされているけれどそれもスルーする。しばらく無視していると唇を尖らせて、
「お腹空いたお腹空いた」
「コンビニ行くか」
「やだめんどくさい、なんかないの?」
「……ほんっとオマエ遠慮ないな」
「なーい!」
 これで普段はきちんと社会人をしているらしい。恐ろしいものだ。「なんか甘いもの食べたい!」赤ちゃんかよ。
「しょーがねーな」
「わ、やったぁ、キバナ大好き」
「オレも好き」
「へへへ照れるぅ」
「違う、オレがオレを大好きなの」
「いーよそれでも!」
 彼女は一気に機嫌がよくなって変なリズムをつけて踊り始めた。
 さっき言ったのは嘘。本当は結構、かなり好き。でもこれを恋だと断じてしまったらいまの心地よい関係にヒビが入ってしまうから黙っているだけ。好きだから、面倒くさいと思いつつも昼飯を用意するために席を立ってしまう。もうお決まりになったこの流れがとても幸せだと思う。遅くに起きてきた彼女が昼飯を要求して、オレがキッチンに立って、召使いみたいに給仕する。寝起きの彼女はだいたいなにを食べてもおいしい!と笑うから、やり甲斐があっていい。
「ちょっと待ってろ」
「昨日お菓子食べすぎたから健康的なやつがいい!」
 注文が増えた。「はいはい」適当に返事をする。
 冷蔵庫を開けると、困った、意外となにもなかった。ヨーグルトとジャムなんかの朝食用のものと、スポンサーからもらった生野菜やフルーツの数々、シリアルでもあればよかったが、買いそびれていたようだ。スムージーと、適当にフルーツを剥いてヨーグルトに入れとくか。どうせなに食ってもうまいんだし。
「オマエってキウイ食えたっけ?」
「食べます!」
「うい」
 テレビをつける音がした。この時間は街ブラか通販番組くらいしかしていないだろう。「スマブラやってていい?」「どーぞ」今度はゲームの起動音。キャラクターをセレクトする猫背を見ながら、フルーツを雑に切る。口に入ればいいんだから形は気にしても仕方ない。
「よしっ、アイスクライマー練習する」
 やけにデカい独り言を呟き、少しだけ背筋を伸ばした。ゲームを始めると彼女の世界は急に狭まる。きっと後ろでオレが自分のためにいろいろ準備していることなんて頭にない。「なあ」声をかけてみる。やっぱり返事はなかった。
 よし、好都合だ。
 いつからこんなことを始めたかは覚えていない。最初は本当に、深夜の変なテンションでやらかしてしまったのだ。ふたりして不眠でゲームをしまくり、やがて喉が渇いたと彼女が注文をつけたのでジュースを出した。そのときに、広い襟ぐりから下着をつけていない胸が丸見えになって――オレは急いでトイレで抜いた。そのとき指に残った少しの精液をジュースに混ぜて飲ませたのが始まり。彼女はそれを一気に飲んで「おいしー」と笑った。オレの精液をおいしいと言った。受け入れた。だから癖になってしまって彼女を泊めて飯を食わせるたびに同じことをしている。
 苦戦しているのか、ぺたんと座っていた身体が少し浮き上がった。尻と太腿が丸見えになる。オレはすぐに勃起して、できるだけ衣擦れの音を立てないようスウェットを下ろした。
「っく、」
 カウパーがてらてらと光るペニスを握り、彼女の下半身を見つめる。バックで犯したらさぞかし気持ちいいのだろう。あのまま後ろ向きに押し倒して、これを捩じ込んでみたい。冗談はよせと顔を顰めるだろうか。でもそんなの気にせず好きだけ腰を振るんだ。そうしたら彼女もだんだん気持ちよくなってきて、普段は聞かれない可愛い喘ぎ声を聞かせてくれるはず。どんな風に喘ぐのか、想像するとぞくぞくする。高いのか、低いのか。それとも声を我慢するのか。ああ、太腿にキスしたい。噛みつきたい。めちゃくちゃにしたい。
「う……っ、ふぅ、」
 毎回同じ想像で射精してしまう。いつもアイツが下半身を曝け出しているせいだ。やけに大量に出たのは二日ほどオナニーをしていなかったからだろうか。半分をヨーグルトに混ぜ、もう半分をジューサーに垂らした。そしてそのまま手を洗わずフルーツを投入してジューサーの電源をオンにする。あっという間にいろんな色が混ざり合って、緑色のスムージーになった。なに混ぜたっけな、まあいいか。ヨーグルトにはキウイとバナナをぶち込んで、ごまかすように蜂蜜も混ぜておいた。全てが終わってからようやく手を洗う。
「ゲーム止めろ、できたから」
「ん」
「と、め、ろ」
「ん? あ、ありがとう」
 へにゃりとした笑顔でお礼を言われた。少しの罪悪感が胸を刺す。
「すご、モデルの朝ご飯じゃん」
「なんもなかったから」
「いただきます」
 木の匙でヨーグルトを掬う様をじいっと見る。ぱくり、一口。もぐもぐと口を動かして、なにも言わずに二口目に入る。ぱくり、ぱくぱく。一向に感想がない。オレの動悸が俄に激しくなる。いつもはおいしいとかなんとか、とにかく褒めてくれるのに。ぱくぱく、ぱくぱく。白いヨーグルトがすべて精液にしか見えない。目の前で好きな女が、オレの精液を黙々と食っている。倒錯的な光景に眩暈がした。ぱくぱく、ぺろり。ついに最後の一口になった。
「おいしかった! このキウイいままで食べたのでいちばんおいしいー!」
「おあ、よかった」
 変な声が出てしまった。
「なんかブランドもの?」
「わ、分かんねえ、貰いもん」
「さすがー」
 スムージーを手に取ってくんくんと匂いを嗅いでいる。バレないとは思うが、心臓が跳ね上がった。
「これなに混ぜてる?」
「……忘れた」
 オレの精液。オマエで抜いた精液。生臭いザーメン。
「ん、おいしい! パプリカ入ってる?」
「あー、たぶん」
 ごくごくと一気に飲み干して、彼女は「ごちそうさまでした! おいしかった!」といつも通り気持ちいい笑顔でお礼を言ってくれた。
「お皿洗うね」
「あ、ああ、ありがとう」
 助かった。さっきからテーブルの下で勃起していて立てなくなっていたところだ。
「いつもありがとうね、キバナ」
 と笑う唇の端には白いものがこびりついていて、下腹部の疼痛がまだ酷くなる。「っあ、うん、まあ、」頭が働かなくて碌な返事ができなかった。彼女が皿洗いを終えるまでにこの熱をどうにかしなければならないのに、頭の中の妄想はエスカレートするばかり。オレはきっといつか本当に彼女を犯してしまう気がする。精液を飲ませているのがバレるのと、襲ってしまうのと、どちらが早いだろう。どちらにせよ、いまの関係は崩れ去ってしまうのだろう。それは悲しいが、同時にぞくぞくするほど愉しみでもあった。

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