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クリオズナ



 恋が終わった。
 大切に、ささやかに育てていた恋が終わった。射精とともに、弾けて消えた。嘲笑われ、弄ばれ、そして飲み込まれた。
 おれの精液を口にした初恋の人はにたりと笑い、そして焼き付けるような生臭いキスをくれた。あれから、あの唇の熱さが忘れられない。
「っく……あ、っ!」
 手のひらに白濁した液体を放出し、大きく息を吐く。また彼女の唇を思い出して自慰をしてしまった。恋しい気持ちはすっかり霧散したのに、あのとき与えられた快楽は日が募るごとにおれを悩ませる。咥内の熱さ、のたくる舌、ぬめる唇。「う、っ」また思い出して勃起しそうになった。必死に違うことを考えて熱を逃す。
 右手で必死に扱いていたせいで手が体液にまみれている。ティッシュで精液を雑に拭き取り、手を洗うために部屋を出た。久しぶりに家族が留守で助かった。さっきは思わず大きな声を出してしまったから。普段は声を殺して手を動かしているので開放感から油断してしまった。
 素足がフローリングにぺたりと足音を立てるのと、ちりんと呼び鈴が鳴るのはほとんど同時だった。そういえば新しいユニフォームが届くのは今日だったはず。少しだけ迷って、一瞬だからいいかと手を洗わず玄関に向かった。
「やっほ」
 ドアを数センチ開けたところで猛烈に後悔した。「マリィちゃんいる?」先日と全く同じパターンで初恋の人がやって来た。今日はおれの側にマッスグマはいない。頼りなく思った。
「い、い、いませ、ん」
 声が震えているのが分かる。先日と同じ会話なのに、おれの言葉は自分でも気の毒になるくらい弱々しい。
 ひゅうっと強い風が吹いた。冷たい空気が入り込んでくる。「わ、さむ」お姉さんのフレアスカートが派手にはためいた。捲れた布から見えた素足にどきりとして、さっきの下腹部の熱さを思い出す。目をぎゅっと瞑って残像を消そうとした。ついでにドアも閉めようかと思ったら隙間に爪先を挟まれていてそうもいかなかった。
「……入ってください」
「え、いいの? やったあ」
 大きな瞳をくるくる動かして嬉しそうに微笑む。わざとらしいが、抗えなかった。これは恋心ではない。本当に、ただ仲のいいお姉さんをもてなすだけだ。妹の代わりに。
「マリィちゃんどこ行ってんのー?」
「親とキルクスです」
「そーなんだ。この寒いのに頑張るなあ」
「この間と同じ紅茶でいいですか?」
「ネズくんさあ、」
 彼女はどさ、と勢いよくソファに座った。呼ばれたので振り向く。ぞわりとした。あのときと同じ、妖しい笑みを浮かべている。
「オナニーしてたでしょ」
 疑問系ではなく、断言。突然の指摘に身体が固まる。「あ、え、っと」口から出るのは曖昧な返事。お姉さんが左手を上げ、指先をおれに向けた。くい、と人差し指だけで側に来るよう促す。唇と同じ、深い赤色のネイルを塗っていた。白い肌に映えていて美しい。おれは間抜けに口を開けたままそちらにふらふらと寄っていく。
 隣に座るよう指示されたので少し間を空けて腰を下ろす。「もっとこっち来て」静かだけれど強い言葉。心臓がどきどきしすぎて、彼女に鼓動が聞こえないか心配になる。
「ねえ、わたしでオナニーしてたでしょ?」
 耳に口を寄せ、甘く囁かれた。脳が痺れる。
「においで分かっちゃった。右手からすっごく精液のにおいがするよ? この間のこと思い出してひとりでしこしこしてたんでしょ?」
「う、あ」
「教えて? どうやってオナニーしたの?」
――ああやっぱり、家に上げるんじゃなかった。
 分かっていたのに、こうなってしまうことは予想できたのに。手を洗っておけばよかったとか、そもそもひとりでしなければよかったとか、そんなことをぐるぐる考える。
 囁いていた唇はやがて耳たぶを柔らかく食み始めた。ぴちゃぴちゃといやらしい音がダイレクトに響く。彼女を突き飛ばそうとした腕は手首を掴まれ、逃げることも叶わない。おれは肉食動物に捕まった草食動物のようにびくびく震えるだけ。「や、やめ、やめてくださ、」相変わらずおれの声は弱々しい。
「ん?」
 お姉さんは空いている方の手でおれの股間を柔く触り始めた。深く腰かけたせいで逃げ場がない。「ぁ、あ」か弱い、女の子みたいな声が出た。
「ネズくんは右手でおちんちん扱くんだね。気持ちよかった? たくさん出た?」
「っう、うあ、あ」
「わたしに咥えられたところ想像してシたのかなぁ? わたしのことどんな風にオカズにしたか教えて?」
 耳を舐めながら器用に喋るものだから、言葉のひとつひとつが脳に刻みつけられる。勃起は激しくなるばかりで、彼女の指の動きに合わせてどんどん硬さを増した。
 う、とかあ、とか喘ぐばかりのおれに飽きたのか、お姉さんはおれの右手を持ち上げた。そしてなんの迷いもなくその指先を咥えた。「き、きたないから、だめ、です」絞り出した拒否の言葉は無視された。指先を音を立ててしゃぶり、こちらを見据えてべっとりと舌を這わせる。その様子は先日おれのものを咥えていた場面と被って見えて、だからおれはますます混乱してうまく喋られなくなる。
「ん、ネズくんのザーメンおいし」
 味なんてするんだろうか。もう右手はお姉さんの唾液でべとべとになっていた。
「おちんちんしこしこしたい? もうこれ苦しいよね?」
「くるし、い、です……っ」
「じゃあさっきどんな風にオナニーしたか教えてくれたら、これ脱がしてあげるね」
「ッう、おね、さんが、こないだシてくれたやつ、思い出して……っ」
「うんうん」
「く、口でしてくれたの思い出して、ひとりで、しました、っ」
「フェラ気持ちよかったんだぁ、よかったぁ」
「きもちよかった、です……っ」
 脳みそが蕩けそうだ。だらしなく唾液が垂れ、お姉さんの手に落ちてった。
 柔らかい指先がゆっくりジッパーを下ろしてゆく。急に下腹部が楽になって、前開きから屹立した性器が現れた。恥ずかしい。消えてしまいたい。こんなもの、二度と見られたくなかった。でもこれで触ってもらえる。またあの指先と唇が――
「ネズくんがオナニーしてるとこ見たいな」
「え、あ、」
「右手返してあげるから、見せて?」
 するりと手首が解放される。
「ほら、しこしこ、しこしこ」
 誘われるように、勝手に右手が性器を掴んだ。深呼吸して手を上下に動かし始める。さっきより熱くて硬くて感じやすい。
「あっ、あっ、あ、んっ」
「ネズくんの声かわいー、もっともっと声出して?」
「は、はずかし、っ、あ……っ」
 ぴちゃぴちゃとまた耳が愛撫される。同時にお姉さんは指先を先端に這わせ、先走りを掬うように動かした。ぬめった液体が赤い爪を汚す。それをそのまま口に運んで「我慢汁たくさん出てるね」と言いながら舐めしゃぶった。
 おれは何度も何度もお姉さんの名前を呼んだ。溺れた人間が助けを求めるように。そのたびにお姉さんはうんうんと優しく頷いて応えた。
「出そう、です……っ」
「いいよ、ぴゅっぴゅっってしちゃお、いっぱい出しちゃお。お姉さんに耳舐められて射精します、って言ってみて」
「おっ、おねえ、さんに……っ、みみっ、なめられて、しゃせーしま、す、っ」
 どくん、どくん。絶対に気のせいだが、さっきよりも濃い精液が出た。はあ、はあ、と息が上がる。
「よくできましたぁ」
「っあ、うあ、あ」
 お姉さんは指先を先端から離さない。捏ねるように動かして、敏感な部分を執拗に擦る。「まって、まってくださ、っあ」少しだけ残っていた精液がその動きに急かされてぽたりと落ちた。じんじんする。触れられたところが火傷しそうなほど熱い。
「男の子も潮吹けるって知ってる?」
 囁かれた言葉に今度は背筋が凍りついた。
「もっと気持ちよくなろっか、ネズくん」
 ぎゅっとおれの性器を掴んだ彼女はたぶんあの妖艶な笑みを浮かべている。おれは返事が思い浮かばずただ口をぱくぱくと動かした。汚れた右手がとにかく気持ち悪かった。
 ぐちゅぐちゅと音を立てながらおれの性器が扱かれる。「や、っあ、むり、むりです、だめです……っ」怖い、気持ちいい、苦しい、気持ちいい、つらい、気持ちいい。イったばかりで敏感になっている性器が過ぎる快感に悲鳴をあげる。ゆるゆると扱かれているだけなのにびくんびくんと身体が反応してしまって、羞恥心に吐きそうになった。
「っあ、あ、おねえさん、おね、さ、」
 お姉さんが身体を折った。舐めてもらえるのかと思ったら、そうではなくてシャツを捲りあげられただけだった。「な、んです、か」冷たい髪が胸のあたりを擽る。お姉さんの表情が分からないのが不安を掻き立てた。
「い……っ!」
 ぺろり、乳首が舐められた。初めての刺激に変な声が出る。「硬くなってる」くぐもった声が聞こえた。今度は舌の腹でざらざらと舐められ、腰が震える。「それ、や、いやです、いや……っ」気持ちよすぎて、怖い。全身気持ちよくてもう上も下も分からなくなる。じゅる、と下品な音を立てて吸われた瞬間、頭の中で火花がばちばちと散った。
「あっ、あっ、あっ、あああっ、うあ、あああっ!」
 途端に、精液とは違う体液が弾け出た。透明で、べたついていない液体だ。「あはっ」お姉さんは楽しそうに笑った。
「あ、あ……っ、あ……」
 身体に力が入らない。きっと彼女が望んだ通りの結果になったのだ。
「よくできました」
 上体が頽れる。お姉さんが優しく肩を抱いてくれて、おれの頭は彼女の太腿の上に乗った。恋していたときに何度も妄想した場面だ。彼女の膝枕でおれは微睡んで、そんなおれを彼女は微笑みながら眺める。いまはもうない恋心、いまあるのは――ただの下心。
 どろり、右手に溜まっていたままだった精液が床に垂れた。

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