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スープの冷める夜

 

 母親がわざと作りすぎた晩飯を両手に抱え、膝でノックをする。季節外れの風鈴が揺れてちりんちりんと涼やかな音を立てた。ねーちゃんはズボラだ。たぶんオレが指摘しないと一年中、この先一生この風鈴を飾りっぱなしだと思う。
「開いてるよお」
「両手塞がってて開けらんねーから、ねーちゃん来てよ」
「なんか荷物? そこ置いといて」
「食いもん。かーちゃんから」
「お、やった〜、ちょっと待ってね」
 廊下をすり足で駆け寄ってくる音がする。ねーちゃんが近寄ってくる音。
 がちゃり、聴き慣れた音を立ててドアが開いた。ねーちゃんはやたらと長いカーディガンを着ている。慌てていたのか胸元のボタンが違い違いになっていた。
「入っていい?」
「いいよ、ついでにキバナくんに頼みたいことあるんだけど」
 導かれるままリビングに足を踏み入れる。いつ来ても綺麗に整頓された部屋だ。シトラス系の匂いがする。テレビからは〈謎に包まれたミミッキュの生態!〉というどうでもいい番組が流れていた。
「これ温めて食えってさ」
「いつもありがとうって言っといて」
「ん」
 もう慣れたやりとり。オレたちの家は目と鼻の先にあって、お節介の母親はひとりぐらしのねーちゃんをやたらと気にかけている。ねーちゃんはオレの倍近い年齢のくせに掃除以外の家事がとても苦手だ(オレもそんなに得意ではないけど)。こうやって母親がなにかと差し入れをしては生き延びている。仕事も度々変わるので、いわゆる社会生活不適合者なのだろう。
 そんなねーちゃんに寄り添って生きてきて、オレはなんとなく「将来ねーちゃんと結婚するんだろうな」と思っていた。歳の差なんて関係ない。ねーちゃんはどこまで行ってもこのままだし、オレが支えてあげればいい。
「おわ、キバナくんそんなに背高かったっけ」
 気がつけば殆ど変わらないくらいの身長になっている。ちょっと身を乗り出して顔を近づければ簡単にキスできるくらい。
「最近の子どもは発育がいいねえ」
 などとからかうように呟いて、ねーちゃんはカーディガンをするりと脱いだ。現れたのはバーガンディが目に眩しいワンピース。
「背中のジッパーが上げられなくてさ、やってくんない?」
「……ん」
 曝け出されたうなじ。甘い香水の匂い。逸る胸を押さえて、椅子に腰掛けるねーちゃんに近づいた。
「今日すっごい久しぶりにデートなんだ」
 ジッパーにひっかけた指が止まる。
 デート? 男と? ……そりゃ女と会うのにわざわざデートとは言わないだろう。そういえばいつもよりきちんとメイクをしている。香水だって、ふだんはつけていないのに。
「ん? 難しい?」
 いつまで経ってもジッパーを上げないオレに焦れたのか、ねーちゃんは首だけでこちらを向く。さらり、髪が溢れた。
「……行ってほしく、ない」
 思わず肩を掴む。
「やだ、ねーちゃん」
「……どしたの? 痛いよ」
「ねーちゃんがオレ以外の男と遊ぶの、やだ」
 大人同士が「遊ぶ」なんて、なにをするのかガキにでも分かる。「キバナくん?」軽やかだった声音が幾分か低くなった。警戒しているように聞こえた。
 掴んだ肩をそのままに、思いっきり床に押し倒す。がっしゃん。アルミの椅子が大きな音を立てた。ねーちゃんは目をぱちぱちさせてオレを見ている。なにが起こったか分からない、という顔だった。
「な、に?」
 ラメの乗った瞼がひくりと動く。ズレたワンピースの肩紐。もう少しずらせば露わになる胸元。乱れた裾から覗く太腿。ずきん、と下腹部に熱い痛みが走る。
 柔らかそうな唇が動いている。なにか言っているらしい。耳元で高鳴る鼓動のせいでなにも聞こえない。
 もうどうにでもなってしまえ。
「っや、やめ、キバナくん、っ!」
 張り裂けそうな気持ちのまま、ワンピースを破るように脱がせた。初めて見る、女の人の、ねーちゃんの身体。日焼けしているオレのとは大違いの、真っ白い綺麗な肌。薄く浮いた青白い血管。細い腰。下腹部の熱が加速する。
 細い手首を掴んで床に縫い付けた。ねーちゃんが呼吸するたびに震える胸元。喉が鳴る。
「ね、ねーちゃん、すき、すきだからっ、オレずっとねーちゃんのこと、すきだったからっ」
 おかしいな、頭の中では冷静なつもりなのに、口から飛び出す言葉はやたらと性急なものばかり。
「ぜったい、絶対に他の男より、ねーちゃんのことすきだから、だから、っ」
「ひ……ッ!」
 がちゃがちゃと派手な音を立てながらベルトを外す。先走りに汚れた下着をずらしてねーちゃんの柔らかい太腿に性器を擦り付けた。
「あっ、ああ……っ! ねーちゃんっ、きもち、い、すげーやわらかい……っ!」
「やだ、やめて、キバナくん……っ」
 いまなら見逃せるから、とねーちゃんは涙声で言った。いまならなかったことにできるから、だからもう触るなと言った。
 いやだ。なかったことにしたくない。このまま、ねーちゃんの身体をめちゃくちゃにしたい。他の男になんか会わせない。ねーちゃんはオレだけのものだ。
 まだ経験はないがオレだって年頃だ。セックスのやり方くらい知っている。オナニーだってねーちゃんのことを考えて死ぬほどしてきた。だから目の前に広がっている光景に、爆発しそうなほど興奮していた。
 初めて見た女の下着は「こんなもの意味があるのか」と思うくらい薄くて小さい布だった。破らないようにゆっくり脱がせ、膝を擦り合わせて隠されようとしているそこを暴く。
「っは、すげー匂い……ねーちゃんの匂い……」
「や、やあっ、やだっ、はなして、キバナくん!」
「っ、ちゃんと気持ちよくするから、上手くやるから、っ」
 舌を伸ばして割れ目に沿って上下に舐め上げる。生ぬるい、卑猥な味がした。襞を丁寧に解し、溢れ出る体液を飲み下す。頭上では、小さい泣き声が響いていた。下手なのかもしれない。どうやったら気持ちよくさせられるんだろう。じわじわと硬さを増す突起を舌で押し潰す。びくん、とねーちゃんの身体が跳ねた。ここだ、ここが気持ちいい場所だ。親指でくすぐるように刺激しながら舌で捏ね回す。「あっ、あああっ、あっ、やあっ!」明らかに声の質が変わってきていた。
「そこだめっ、キバナくん、やだやだやだっ、やだ!」
「ね、ねーちゃんイきそう? オレの舌でイって、たくさんイって……!」
 がくがく、と膝が大きく震えた。ねーちゃんは悲鳴をあげて、それからくたりと脱力した。「イった? なあ、イった?」口の周りを拭いながら聞いてみる。恨めしそうな目で見られただけで、返事はなかった。
「オレもっ、オレも気持ちよくなりたい、ねーちゃん」
 先端から止めどなく溢れる先走りを塗り込むように、ねーちゃんのそこに擦り付ける。「やだっ、もうやだ、はなして! キバナくん!」何度も吐かれる拒否の言葉に些か傷ついた。少しでも黙らせようとキスをして唇を塞ぐ。繊細な菓子のように甘くて、柔らかい。無理やり唇をこじ開けさせて舌を絡ませる。溺れそうなほど深いキスをして、ようやく離した頃にはねーちゃんは過呼吸のような荒い息遣いをするのみだった。
 ぐちゃりと水音がして、ねーちゃんのナカにオレのペニスが入っていった。柔い肉がオレを押し返そうとぎゅうぎゅううねる。「っ、ヤッバ……っ」気持ちよすぎて腰が引けてしまう。
「う、動くぜ、ねーちゃん、ねーちゃんも気持ちいいよなっ? なあ、ねーちゃん、オレのちんこ気持ちいいよな、?」
「ぅ、え、」
 だらだらとだらしなく唇の端から唾液を垂らすねーちゃんは応えない。その様にもまた興奮して、勢いよく腰を振りたくる。ぐちゅぐちゅ、じゅぷじゅぷと耐えず卑猥な音がした。
「ねーちゃんのまんこきもちい……っ! っあ、あ……っ! まんこヤバ……っ!」
 ぐ、と奥まで突いたところで子宮口にぶつかった。ねーちゃんの身体のいちばん奥。いちばん大事な部分。子どもを作る、大切なところ。
「ねーちゃん、ねーちゃん……っ」
「ぁ……、あ、あ……」
「せーし出すッ、ねーちゃんのまんこに中出しする……っ! はっ、はあ……っ! 子ども、オレの子ども産んで、ねーちゃん!」
「や、ぁ……」
「すきっ、ねーちゃん愛してる、ッ! 結婚しよう、ねーちゃん、あっ、ああっ、イくっ!」
 腰がぶるりと震えた。初めての中出しは思ったより呆気なく、それでいて昂った。きちんと奥まで届くように押し込めて、ずるりとペニスを引き抜く。
 ねーちゃんは死体のようにぐったりとしていた。
「す、すげー、気持ちよかった、オレ。ねーちゃんもだろ? ねーちゃんも気持ちよかったよな?」
 なにか反応がほしくて懸命に話しかける。「ねーちゃん好き、愛してる、ねーちゃん、」ぶっ壊れたレコーダーのように同じ言葉を繰り返すオレを、ねーちゃんは暗い目で見つめる。――柔らかそうな唇が動いている。なにか言っているらしい。耳元で高鳴る鼓動のせいでなにも聞こえなかった。

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