ちりん、と来客を告げる鈴が鳴った。 「やっほ」 ひょこりと顔を出した彼女を確認するやいなや、マッスグマはおれの腕から離れて飛んでいった。いつもはおれ以外に懐かないのに、彼女だけは別だった。 「マリィちゃんいる?」 マッスグマの喉を撫でながら、彼女はにこりと問いかけた。 「い、いません」 声が上ずる。「おれだけ、です」緊張でうまく話せない。口の中がからからだった。 彼女はおれの初恋のひとで、マリィとは年齢の離れた友人だった。おれのことはネズくんと呼び、たまにバトルの相手をしてくれる。「勝ったらなんでもいうこと聞いてあげるよ」などといいながら、いつも軽々とおれを負かすのだった。 「そっか、お邪魔していい? 家にいても暇でさ」 はしゃぎすぎてぐったりと腹を晒すマッスグマを抱きかかえ、おれは彼女を部屋に上げた。 普段は出さない高めの紅茶とスコーンをテーブルに並べる。 「ネズくん何歳になるんだっけ?」 隠すことでもないので正直に告げた。「まだわたしの半分かあ」まだ、って、永遠に抜かすことはないはずですけど。そう思ったけれどなにも言わなかった。 「お姉さん、」 「んん?」 「頬にジャムがついてます」 まったく、どっちが子供だか分からない。彼女はすぐにポーチから手鏡を出してそれを確認し、とても恥ずかしそうに笑ってごまかした。指でジャムを拭って、ピンク色の舌で舐めとる。妙に官能的な仕草に、どきりとした。 「お姉さん、」 「え、まだなにかある?」 「好きです」 ぎぃ、と椅子を引く音。汚れた指をマッスグマに舐め取らせながら「あんまり大人をからかうんじゃありません」と以前も聞いた言葉で濁された。 「おれ、本気です、ずっと」 「ネズくんがわたしを好きでいてくれるのは嬉しいよ」 「じゃ、じゃあ」 前のめりになったことでテーブルが大きく揺れた。紅茶がなみなみ入ったカップが横倒しになる。ばしゃり、テーブルに広がって、やがて床に大量に溢れた。「じゃあ、おれの気持ちに応えてくださいよ」おれは衝動的に彼女をソファに突き飛ばした。 「バトルで勝ったらなんでも聞いてあげるっていってるじゃん」 「そんなの要りません、おれはひとりの女性としてお姉さんが好きなんです」 「……つまり?」 「つ、まり、」 「ねえ、つまりなにがしたいの?」 ごくり、喉が鳴る。 ――分からない。男がいて女がいて、好きあっていたとして、おれはなにがしたいのだろう。 「お、おれは、子供だと思われたくなくて、」 「ねえ、大人ってどんなことするか知ってる?」 色素の薄い瞳が、ぎらりと光った。 あ、と思うのと同時に腕が引っ張られて形勢が逆転する。硬いクッションに頭を打ちつけた。お姉さんはおれに馬乗りになって、唇が触れ合うまであと数ミリというところまで顔を近づけてきた。 「大人がすること、したいんだ?」 違う、とも、そう、とも答えられなくてただ口を動かす。音にならない言葉が空気と一緒に出ていく。そんな言葉を吸い込むように、柔らかい唇がおれの唇に蓋をした。心臓が跳ね上がる。角度を変えて何度も何度も唇を食まれる。弛緩した口元は唾液まみれになっていた。 精通を覚えたばかりの下腹部がずきずきと痛む。ジャージ越しに彼女の太腿辺りで擦られ、恐らく下着は先走りで染みが出来ているだろう。 とても、恥ずかしかった。 結局こんな風に反応してしまう身体を呪った。 おれたちふたりがじゃれていると思っているのか、マッスグマは身体を丸めてこちらをじいっとみている。見るな、やめろ、どっか行け。思わず両手で顔を覆った。 「っひ、」 脚の間が妙に生暖かくなった。一瞬、失禁してしまったのかと思ったほどだ。指の隙間から伺うと、彼女はジャージの生地越しにおれの性器を咥えていた。 「あ、あっ、ああっ、あっ」 じゅるじゅると唾液が絡む音がする。ざらりとした生地が裏筋に擦れて高い声が出た。さっきまでキスをしていたあの唇が、おれのものを弄っている。 「おね、さ、っあ、」 自然と腰が揺れる。恥ずかしい、でも気持ちがいい、もっと触れてほしい。 「さわって、ほし、」 ゆっくりと、わざとかと思われるほど時間をかけて服が脱がされる。下着に指がかかった途端、興奮のあまり射精してしまった。腹を汚すそれが気持ち悪い。慌てて服で拭き取ろうとすると、お姉さんが蛇のようにちろりと舌を出した。「あっ、あ、」ぬるり、臍から胸を舌が這う。飛び散った精液を綺麗に舐め取られた頃、あさましくもまた勃起していた。 「若いねー」 からかうような口調でいわれるので耳が熱くなる。 「おね、え、さ、あっ、あ、あっ」 ピンク色の唇が亀頭をつついた。それから見せつけるように緩慢に口を開け、根元まで一気に咥え込む。迷いのない、手慣れた動作だった。「あーっ! あっ、ああっ、あっ!」思わず彼女の髪を掴んで静止させようとした。それでも、いくら男女の差があるとはいえ大人の力には敵わない。 下半身が蕩けてしまいそうなほど、気持ちがいい。じゅぷじゅぷと体液の混ざる音がいやらしくて、手足がびくびくと反応してしまう。 「も、むりで、す、おれ、おれ……っ」 背筋を駆け上がる快感。腰が一層熱くなって、びゅくびゅくと彼女の口の中に二度目の射精をした。 顔をあげ、口を大きく開けてみせられる。舌の上に白濁した生臭い液体が載っていた。自分が出したもののくせに、その生々しさに変な声が漏れる。彼女はそれをなんでもなさそうに飲み下した。 「大人がすること、楽しかった?」 おれはまた答えられず、ただ、彼女の背後には確かに男の姿があることに気付かされてしまっただけだった。 に、と彼女はまた笑う。ピンク色の唇が弧を描いた。また下半身が熱くなるのを感じた。今度は柔らかい指先が絡んでくる。身体は悦んでいるのに、おれの頭の中はぐちゃぐちゃだった。やめてほしい、やめてほしくない、ぐるぐると混乱する胸の内のまま、数分後には三度目の射精をしていた。 「キ、スしてください」 弱々しい声で、ようやくそれだけ言えた。 おれの精液を飲み込んだ生臭い、柔らかい唇が降ってきた。微かにジャムの風味が残るそのキスは、この恋がもう終わりそうなことを示していた。 - - - - - - - |