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MIMIC

 
 ここ半年くらい、噂だけは何度も聞いていた。学生が口にするような馬鹿馬鹿しい噂だ。
「いちばん背の低いあの女子スタッフは誰とでも寝るらしい」
「ポニーテールの日は空いているから声をかければついてくるらしい」
「というか、リーグスタッフの殆どと関係しているらしい」
「キバナさんならもう手出してますよね?」
「……アホか」
 罪悪感があるなら初めから話さなければいいのに、そのことについて話題にするとき彼らは決まって小声になる。
 そもそもキバナにはどのスタッフを指しているのかすら分からなかった。男子スタッフの顔はかなり覚えているが女子はそうでもない。だいたいの人間は自分よりずっと背が低いので身長は気にしたことがなかったし、ポニーテールなんか何人もいる。
「なんてヤツ?」
「さあ……僕は知らないですけど」
「アホか」
 いままでに何人もがその話をしたが、誰ひとり個人の名は出さなかった。特定の誰かを指していない噂は無害で、さらに自分がその噂の的のひとりになっていることは愉快だった。
「誰か分かったら僕に教えて下さい。じゃあ、お疲れ様でした」
 ロッカールームを後にするスタッフにおざなりに手を振る。どうせ誰だか分からないもの、安請け合いするだけ馬鹿らしい。噂話とは、聞くだけならいいが加担するものではないし。
 初めはスタッフを覚えようと一生懸命だったことを思い出す。いつからかキャリアが長くなって、新陳代謝に追い付かなくなった。昨日まで普通にいたスタッフが挨拶もなしにいなくなることも多々ある。だから必要以上に仲良くすることはやめてしまったのだ。そんな訳で古参のスタッフ以外はキバナに軽口を叩くことは殆どない。先ほどまで話していた彼はほとんどいない例外だった。
「失礼しまーす」
 がちゃり、ノックもなしにドアが開けられた。「うおっ」汗の滲んだシャツを脱ぎ捨てるところだったので面食らって固まる。
「……失礼しました」
 女の声だった。
「いいよ、気にすんな」
 シャツを着直して声をかける。一瞬の間の後、申し訳なさそうに現れた女の顔には見覚えがなく、そして、
「子どもかと思った」
 思ったままを口にすると女は苦笑いした。やはり初対面であったことに少し安堵して、それから鳶茶色の髪に目が止まった。緩く結えたポニーテールだった。
「中、いいですか?」
 どうぞと促して手に持っていたタオルを渡す。顔を上げた女は潤んで見える瞳で微笑んだ。「ありがとうございます」ラメがきらめく唇は柔らかそうなピンクベージュで、きちんとメイクをしているスタッフは珍しいというだけでじいっと顔を見つめてしまった。控えめな黒子がやけに好色そうに感じられ、また、サイズの大きいジャージで覆い隠されているが肉付きが良いことはすぐに分かった。それでキバナは「この女が噂の主人公だ」となんとなく直感した。口さがない男たちが話題にするには十分な女だった。
「オマエ新人?」
「えーと、半年くらいです」
 降って湧いた答え合わせに声をあげそうになる。乱雑に放り投げられたタオルを畳みながら籠に入れている彼女は、噂を知っているのだろうか。まさか本人に直接問いただす馬鹿はいないはずだ。でもいまや殆どの男が彼女をそういう目で見ている。なにか察していてもおかしくはない。特に女は噂話に敏感だ。それに、基本的に火のないところに煙は立たないのだ。つまり、散々女遊びをしている自分が噂に巻き込まれているのは道理といえる。そしてそれらを踏まえて彼女を見ると、性的な好奇心が湧き上がってくるのを止められなかった。
 パイプ椅子を蹴って女に近寄る。キバナの急な挙動に女は僅かに身動ぎし、それでも媚びたような笑顔を崩さない。彼は媚びる女が好きだった。自分の機嫌を損なわないよう、精一杯の可愛げを演じる女はすべて愛しく感じられた。自分が絶対的な存在だと思えることが気持ちよかった。
「急ぎ?」
「え、と、」
 意図が分からないという風に女は首を傾げた。単純にそれは可愛かった。
「オレちょっと溜まっててさ」
 そして自分の口から驚くほど下衆なセリフが出てきたことに笑いを禁じえなかった。「だからさ、分かるだろ?」白くて細い手首を掴んで冷たい床に押し倒す。女の顔が強張った。
「や、やめて、ください」
「すぐ終わらすって」
「やだっ」
 いくら経験があってもロッカールームでのセックスはないだろう。拒否する気持ちは分かるが、一度走り出したら止められない。勃起したものをジャージ越しの尻に擦り付けて「分かるだろ?」ともう一度問いかけた。女は掴まれていない方の腕を振り上げてキバナの胸を押し返す。赤子の手を捻るような抵抗に笑いが漏れた。そしてますます気に入った。この状況をあっさり受け入れて腰を振るような女は好みではない。キバナは自分のサディスティックな面を完全に理解していた。
 色気のないジャージを捲ると、想像していた通り豊満な肉体が曝け出された。「やっ、あ」慌てて前を隠そうとする腕を掴む。女の両手首はキバナの片手に収まるほど華奢だった。
 廊下を誰かが走る音がする。鍵もかけていないこの部屋で事に及ぶのは明らかにリスキーで、だからこそ興奮が駆り立てられた。女が震えているのは怯えからか寒さからかは知れない。太腿を撫でると震えは一層強くなった。
「力抜けよ」
 中指を唾液で濡らし、やや強引に下腹部にねじ込む。「い……っ! あっ、あ、あっ」びくん、と小さい身体が大きく跳ねた。「いたい、いたいっ」ぎゅうと締め付けるなかを解すように指を動かす。親指で突起を弄り、指の腹で内壁を撫でる。そうするとじわじわと体液が纏わりつき始め、女の声も色めくのだった。
「っう、ん、んんっ、んっ」
 恥じらうように唇を噛み、できるだけ嬌声を漏らさないようにする様子を見るとまた加虐心が煽られる。わざとぐちゃぐちゃと音を立てて指を動かせば、彼女は二の腕を噛んで声を我慢した。
「な、んで、キバナさ、」
 隙間から問いかけられた言葉にはなにも返事しなかった。理由は最初に話したからだ。
 すっかり解れたそこから指を離す。糸を引いている自分の指を一瞥して、散らかっているタオルで拭いた。
「喘いでもいいけどあんまデカい声出すなよ」
「……っ! や、いや、いやです、っ」
 水音を立てて粘膜同士が触れ合う。そろそろ身を任せてもいいというのに女は抵抗を続けた。児戯に等しいその抵抗は愛らしくさえあり、キバナはずっと機嫌が良かった。腰を前に進め、熱いそこに屹立したものを突き立てる。異物を拒もうと締め付ける内部に荒々しく侵入し、逃げる腰を抱き寄せて無理やり全てを押し込めた。
「あっ、あああっ、あっ」
「っ、あー、キッツ……」
 遊んでいるとは思えないほど狭い内側だった。想定以上の快感にキバナの身体が震える。彼のものを根元までぎっちりと咥え込んだ彼女は目を見開き、僅かに涙を滲ませていた。
 ゆっくりと腰を引き、それから勢いよく叩きつける。「い゛っ、あ゛、」悲鳴に近い喘ぎ声に背筋がぞくりとする。初めて聞く女の声だった。
「う、っく、やだ、いや……」
 彼はもはや女の身体的負担を考えずに腰を振っていた。苦しそうな吐息が漏らされるごとに勢いは増した。まるで本物の強姦だ、と思う。ある種これはロールプレイで、女も彼が喜ぶと思って細やかな抵抗をしているに過ぎない。だから思う存分腰を動かせる。「やだ、やだ……っ、やめて、」嫌だというたびになかがきゅうと締まる。こういった場面で女が嫌だやめろと口にするとこはままある。本意でない拒否の言葉は彼を興奮させるだけだった。仮に本意だったとしても――それはそれで、劣情を煽るだけなのだ。
 何度も何度も腰を叩きつける。汗が額を伝って目に沁みた。筋肉と骨が軋む。全身が燃えるように熱い。初めての感覚だった。誰かを支配しているという事実が不気味なほど気持ちよかった。
 女は既にぐったりと死体のようになっている。「反応しろよ」と声をかけても僅かに唇を動かすのみだった。
 身体を丸めてラストスパートをかける。鋭い快感が背中を走り、下腹部が一層熱くなった。
「ッ、やっべ、出る、イっく、っ!」
 どくり、キバナの性器が大きく脈打った。
「あ……っ!?」
 女の顔がどんどん青白くなってゆく。そして「な、なか……、なかに、」と譫言のように呟いた。言葉通り、避妊具をつけていないため全てが中に注ぎ込まれている。精液が溢れないよう奥に押し込め、それからゆっくりと引き抜いた。濁った体液に塗れた性器をタオルで拭く。試合のとき以上に汗をかいていた。
 つん、と鋭利なにおいが鼻についた。嗅いだことのある、しかし何物か分からないにおいだった。なんとなくタオルを見ると、うっすらと紅色が混じっていた。
「――え?」
 さあっと血の気が引く。怪我をさせた? こんなことくらいで怪我するのか?
 女は弱々しい声で泣きじゃくった。そして「はじめてだったのに」という意味の言葉を吐いた。破瓜の涙は初めて見るものだった。キバナはひどく混乱した。先ほどまでの戯れに思えた抵抗は、本物だった、のか?
「なんで、なんで……っ、わたし、っ」
「だ、って、オマエ、」
 意味をなさない返事しかできない。女の泣き声は徐々に大きくなってゆく。キバナはようやく自分がなにをしでかしたのかに気づいた。
――廊下を誰かが走る音がする。

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