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シガーキス



 その唇は愛を囁くためにあり、わたしの唇を食い尽くすためにある。キバナのそれはとても気まぐれにわたしのキスを奪った。なんでもない話をしているとき、ふと動きを止めてキスをしたり、寝入っているときに構わず口を塞いできたり、たぶんそれは世間一般の恋人と変わらないものだと思う。
 ただひとつ違うのは、キバナが煙草を吸っているとき。わたしはその瞬間がたまらなく嫌いだ。キスが苦いからじゃない。わたしの腕を掴んで逃さないようにして、煙草から口を離して顔を近づけてくる。唇が重なるのと、煙草の火が皮膚に沈み込むのはほとんど同時だ。わたしの悲鳴や呻き声は全て絡めとられ、熱っぽいキスに変えられてしまう。それでも我慢できない、堪えきれなくて喚くと煙草は離されて灰皿で潰される。そして唇は出来たばかりの火傷に移動して啄むように愛撫するのだ。痛い、いたい、苦しい。泣いて泣いてキバナを蹴飛ばそうとしてもすぐに封じ込められる。そのまま興奮した彼にぐちゃぐちゃに抱かれて、彼が射精したあとに簡単な手当てだけされて、終わり。
 だからわたしの手の甲から二の腕にかけて、たまに太ももなんかに丸くて小さい火傷がたくさんある。それゆえ夏でも長袖が手放せなくて、きっと他の知り合いにはリストカットでもしてると思われてるんだ。そしてキバナはそんなメンタルの弱い彼女を支えるとても優しい、心の広い彼氏。間違っても彼女に怪我なんてさせない、皆が憧れるような恋人。
 いつからこんな風になってしまったんだろう、と考えても分からない。行為の際に首を絞めてくるようになった頃から狂ってしまったのかもしれない。わたしと苦しむ声と顔を知ってしまった彼は、悪くないのかもしれない。あのとき止めていればよかったのか、果たして止められたのか、もうなにも分からなかった。
 目の前で煙草を吸いながらテレビをなんとなく眺めているキバナを眺めながら、今度はどこを焼かれるんだろうと少しだけそわそわする。自分を抱きしめるように身を竦めると、それを感じ取ったキバナがこちらを向いて笑った。唇から煙草が離れる。顔が近づく。たすけて、やめて、なんて言葉は全部吸い込まれて消えていった。まるで排水溝に水が流れていくように、とても自然に消えていく。じゅうっと皮膚の焼けるにおい、もうこれでいくつめか分からないけれど、慣れることはない。痛くて苦しくて暴れた脚がテーブルを蹴飛ばす。舌と舌が絡み合う。脳がじんとして訳が分からなくなる。キスは、気持ちいい。焼かれるのは、辛い。気持ちいい、辛い、もっとしてほしい、離してほしい。相反する感情に頭がぐるぐるしてなにも考えられなくなる。唇がようやく離されるとわたしの視界は涙のせいでじんわり滲んでいた。そんなわたしをあやすようによしよしと頭を撫ぜ、いつものように傷口を舐めるキバナはやっぱり頭がおかしいように思えた。太腿に当たる熱が怖い。これから始まる愛の行為が怖い。キバナが、怖い。
 どう考えても狂っているのに、彼から離れられないわたしもまた、おかしくなっているようだった。

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