思春期の戸惑い、いくつかの空想、ネズはわたしでもないのにわたしそのままの歌詞を書いていた。恐ろしくなって、でも惹かれて、ライブに通って、いつの間にか身体を重ねる関係になった。 女の妄言、男の我儘、ネズは怖いくらいわたしが感じ入る歌詞を書いた。でもどうしようもなく好きで、丸ごと愛して、何度も抱かれた。 「ねえ、わたしのこと好き?」 問いかけたくなって、いつもやめる。答えを聞くのがとても怖い。 「好きです」「ふつうです」「嫌いです」 どう返されても、幸せにはなれないと分かっているから。だからわたしはわたしだけのネズを描いて、愛して、愛されることにした。 その日もライブ終わりにホテルに行った。ライブ後のネズはいつも乱暴で自分勝手。シャワーもそこそこに後ろから襲いかかって動物みたいに交わる。シーツの海に溺れながらわたしは鳴き声を上げ、ネズを喜ばせる。名前を呼ぶと彼は喜んだ。彼は支配したがった。この身体も心も、自分の色に染めたがった。そしてわたしはすっかり彼にものになっていた。 三度ほど続けて交わったあと、ネズは息をついてそれを抜いた。前も隠さず煙草に手を伸ばす。わたしはすかさずベッドサイドにあったライターで火をつけた。 「どうも」 まるでそれが当たり前、という顔つきでネズは一応のお礼を口にした。煙草を咥える唇、ぼんやりこっちを見ている瞳、わたしを歌う喉仏、すべてがセクシーで見惚れてしまう。わたしが描くネズは、これを全てわたしのものにしてくれる。わたしだけを愛してくれて、わたしのためだけに生きてくれる。 「ねえ、」 わたしのこと、好き? あの問いかけをしそうになって、慌てて口を噤む。こんなシチュエーションでそんな重い質問、面倒くさいと思われるに決まっている。 ネズは顎をくいと動かして「続けてください」といった。 「……気持ちよかった?」 ……わたしのこと、好き? なんてやっぱり言えなくて、中途半端な質問になってしまった。 「なんですかそれ」 ネズは煙を吐きながら笑った。「お前とするのは気持ちいいですよ」そう返ってくるのは分かっていたけど、言葉にされると嬉しいものだった。抑えきれない笑みをシーツに隠して「そっか」と返事する。 「お前とするのがいちばん好きです」 ――ああそれは、聞きたくなかった言葉。 「そ、っか」 手足が急激に冷えていく気がした。いちばん、好き。つまり誰かと比べている。違う、そんなの聞いても嬉しくない。 「お前が好きです」 脳内で必死にそう変換する。わたしの描くネズはそうでなければならない。お前が、好きです。ネズは、わたしが好き。わたしだけ、わたし、だけ。不確かで朧げな真実に必死に縋り付く。 ネズは煙草を灰皿に潰して顔を近づけてきた。キスをして、そのまままたシーツに沈められる。震えているわたしなんてお構いなしに。まるで、自分が気が向いた時に玩具で遊ぶみたいに、自由気まま。 「お前が好きです」 都合のいい言葉をリフレインして、わたしはまた抱かれる。四度目のセックスは人間らしい格好だったけれど、絶望した顔を見られたくなかったので懸命に顔を逸らした。目を閉じて、涙が滲むのを誤魔化す。シーツを掴み、頼りない妄言にしがみつく。 「ネズ、ネズ」 何度も彼の名を呼んだ。彼を喜ばせることが、玩具の役割だから。ネズは気の向いた時だけわたしの名を呼ぶけれど、それだけでも十分だと思った。いまだけはわたしのものだと思えた。 「ねえ、わたしのこと好き?」 「お前が好きです」 現実にはなかった会話を回想しながら、玩具は声を上げ続ける。わたしは、いちばん、ネズが好き。それだけは真実。彼を歓喜させる事実。それだけで、いいと思った。 - - - - - - - |