あたしってほらつまらない女だし、ネズがいないと生きてる意味ないし、そのネズだってあたしのこと本当に好きなのか分からないし。 始まりはよくあるもの。出待ちしてたら「いつもいますね」って声をかけられて、あたふたしているうちに連絡先を交換した。その日は人生でいちばんどきどきしながら寝たっけ。翌日、こっちから連絡しようか悩んでいたら夕暮れ時にネズからメッセージがきた。 〈ネズです。昨日はありがとうございました〉 まさかありがとうございましたなんて言われると思ってなかったから、そのメッセージ見て心臓が爆発しそうになった。 〈こちらこそです。昨日のライブも楽しかったです〉 なんてありきたりの返事を書いて、震える指で送信ボタンを押す。無難。間違ってない。でもここからどうやって会話が続くかな? とか思ってたらすぐに返事は来て、 〈もしヒマならここに来てください〉 って「現在地」が送られてきた。その時、びっくりしすぎて一度死んじゃったんじゃないかな。とにかくその瞬間の記憶は飛んでる。よく見るとその住所って結構有名なホテル。さすがにネズレベルになるとツアーで泊まるホテルもグレードが高いんだなって思った。 〈ヒマです、すぐ行きますね〉 あちゃ、すぐ行くなんてがっついてると思われたかな。とか考えてたらすぐにネズから〈待ってます〉ってメッセージ。すっぴんに部屋着だったから急いで着替えてメイクして、ふだんのライブのよれよれのあたしとは違う完璧なあたしになった。 電車で二駅乗り継いで目的のホテル。どきどきが激しすぎて、あと一歩なのに進めなくって。ああ神さま!なんて無神論者のくせに祈ってみたりして。 だからどきどきを誤魔化すようにコンビニに入って〈コンビニにいますけどなにか要りますか?〉ってメッセージを送った。ネズはすぐに炭酸水を頼んでくれた。ふだんは買わないそれを買って、本当にネズのところにいくんだな、って実感した。 エレベーターにまっすぐ進んで、六階。六〇三号室。震える手でノックする。 「早かったですね」 そこには笑顔のネズがいた。 そこから先は、本当に記憶がない。汗を流すだけのシャワーを浴びて、それから、ええっと―― 「もういい」 うんざり、という風にキバナは手で制した。 「なんでオレがそんなこと聞かなくちゃいけねぇんだよ」 「まだ最後まで話してない」 「分かるに決まってんだろ。どうせヤっただけ」 「だけじゃない、合鍵もくれた」 この誰にも話せないことを伝えられるのは共通の知り合いであるキバナだけ。ネズの友人で、あたしの友人で、たぶんあたしのことが好き。好きなひとのことってなんでも知りたくない? そんな気持ちで一部始終を話した。 「でもネズって別にあたしのこと好きとか言わなくて、でも合鍵もらったのってそういうことかなって、もうあたし分かんないの」 「オレにも分かんねぇよ」 そうか、そうだよね。ネズとキバナは違うもんね。 「だからさ、あたしこの記憶が新しいまま、どっかーん!って死のうと思ってたの。ほら、花火大会あるでしょ。あそこで、花火と一緒に夜空に散ろうと思ってたの」 幸せなまま死ぬって、最高じゃない? あたし、そういう風に死にたいの。 「あたし、ネズに愛されたまま、キラキラってしてるうちに消えたいなって」 この後の花火大会はキバナと行く約束をしてる。浴衣も誂えた。好きな子の最期って、看取りたいものでしょ? そういう気持ちでキバナには話したってわけ。 「そしたらさ、話題にもなるし、ネズの記憶にも永遠に刻まれるでしょ?」 キバナはつまらなそうに煙草の煙を吐いた。もうもうと白いものが視界をぶれさせる。 「そりゃオマエ、昔の小説のパクリだし、バラバラ死体になるから記憶っつーかトラウマだぜ」 また、あちゃーってなった。そっか、パクリになっちゃうんじゃ意味がない。さすがにバカなわたしもそういわれては躊躇う。他にないかな?ってキバナに問いかけるけどしかめっ面で煙草をふかしたままなにも答えてくれない。 結局、花火大会はキバナと一緒に行った。どっかーん!キラキラ!って輝く花火はあたしになるはずだった大輪の花。それを見ているとまた気が変わっちゃって、今度はネズとこのキラキラを見たいなって思った。来年になるけど、それまでネズがわたしのことを考えててくれるといいな。キラキラ光る合鍵を見ながら、そう思った。キバナは相変わらずつまらなそうな顔をしていた。 「ま、オマエがそれで幸せなら、オレはなんでもいい」 なんて優しいことを言うから、キバナがふたりの友達でよかったな。 どっかーん!キラキラ!はまだまだ続く。キバナはきっとあたしのことを考えているし、あたしはネズのことを考えている。ネズはなにを考えてるかな。どっかでこのキラキラを見てるといいんだけど。 - - - - - - |