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合法ライラック



 ばさばさと雨が窓を叩く音でわたしの意識は曖昧ながらも現に戻る。自分の脚で辿り着いた記憶はなかったけれど、きちんとベッドに寝ていた。頭が重たい。最後の記憶は――ネズの部屋で珍しいお酒を飲んでいたこと。「甘いからってそんなハイペースで飲まないでください」と言われた気がする。大好きな果実酒だったからまともに薄めずにばかすか飲んだんだった。だとすると、きっとネズがうちまで運んでくれたんだ。ネズならそれくらいしてくれる。彼に運ばれる泥酔した自分を想像して恥ずかしくなった。変なことをしてないといいけど。吐いたり暴れたりしてないことを祈りつつ、わたしはまた微睡むはずだった。
 ぎし、と床の軋む音がした。しただけではなく、徐々に近づいてくる。寝ぼけているのかと思ったけど、風音とは明らかに違うそれははっきりと耳に届いた。緊張と恐怖と酒精で身体が動かない。足音は枕元で止まった。何者かの息遣いが近づいてくる。わたしの身体は強張った。顔だけでも逸らそうとしたところ、何者かはわたしの顎を乱暴に掴んだ。ばさりと硬い髪が頬に落ちてくる。妙に覚えのあるその感触に思いを巡らせる前に、閉ざしていた唇が生暖かいものでこじ開けられた。蛇のようなものが咥内に滑り込み、舌に絡みつく。なにをされているか気づいていたけれど、怖くて小さな呻き声すら上げられない。は、と何者か――男の息遣いが荒くなっていく。じわりと涙が滲んできたところで唇は離れていった。わたしが抵抗しなかったのは恐怖だけではなく、顎を掴んだ細い指とちくちくした前髪に覚えがあったからだ。
 でも、まさか。わたしをベッドに運んでくれたネズがそんなことをするだろうか。親友で、いちばんわたしを大切にしてくれるネズが。
 悪い夢であることを望みながら、どうかこの気配が部屋から出て行ってくれるよう願ってみた。その祈りはすぐに叶えられると思っていた、のに。
 もう一度息遣いが近づいてきて、頬に口付けた。そして寝具が乱暴に剥ぎ取られ、乱れた服装が曝される。ぼんやりと戸惑っている隙にネズの手が服のなかに入り込んだ。ずれている下着を器用に外し、胸の辺りを触り始める。声が洩れそうになるのを必死に堪え、それでも眉根を寄せることは我慢できなかった。暗いからきっとネズは気づいていない。唇を噛み締めて胸の先端を摘まれる感触に耐える。ネズのあの指先がわたしの身体に触れていると思うと、甘い切なさが下腹部を刺激した。もう一度唇を噛み締めたとき、手が離れていった。胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は舌先がそこを愛撫し始めた。
「あ……っ」
 思わず息を乱してしまう。ネズの動きがぴたりと止んだ。部屋の空気が張り詰める。起きていることを悟られるとどうなってしまうんだろう。別の恐怖に支配されていたわたしはそれでもなお寝たふりを続けた。
「……起きたかと思った」
 ネズはとても小さい声で呟いた。「ん……」先ほどの甘い吐息はただの寝息であることを装い、一層強く目蓋を閉じる。
 しばらく胸元をいじめていた指先がゆっくりと下半身に伸びた。内腿を撫でられ、くすぐったくて息が上がる。残り一枚になっていた下着に指がかかり、するりと脱がせられた。反射的に膝を曲げてそこが隠れるようにしてしまう。ネズの指先が躊躇うように止まった。このまま止めて、出ていってほしい。でないと、わたしがしっかり感じていることがばれてしまう。もう片方の膝も曲げたところで、ささやかな抵抗はあっさり振り払われた。大きな掌が膝を掴んで脚を開かせる。「は、あ」呼吸が乱れ、上擦った声が出た。ネズは気づいていないようだった。細い指先が熱くなっているところに触れる。くちゅりと恥ずかしい水音がした。
「はは、」
 ネズは乾いた笑い声を立てた。「感じてやがる」そう言い捨て、やや乱暴に指をねじ込んだ。
「っあ、あ」
 いきなりの刺激に、声が我慢できなかった。ネズがこちらを伺った気配がする。無駄かもしれないけど、わたしはまだ寝たふりを続けた。ねじ込まれた指がぐり、と動く。また唇を噛んで変な声を出さないように気をつける。少し震えているかもしれない。指の腹で敏感な突起を擦りながらなかを動かれて脳内がじんとする。ネズの指を思い出すと背筋を這う快感が激しくなった。あの白くて節くれた指がわたしのなかに入り込んでいる。ネズの指が。
「んっ、ん、あ」
 もう誤魔化せないくらい喘いでいるけど、ネズは気にしていない。寝息だと思っているのか、それとも聞こえていないのか。指の動きはさらに激しくなって「んっ、ん!」わたしは仰け反って気を遣った。思わずシーツを握りしめる。
 指先が離れていく。終わった、ようやく。噛み締めていた唇を解いて息を整える。ネズが出ていったら下着をつけて、服を着直して、それから――ずん!と大きな衝撃が身体を揺らした。
「っい、あ、あ、あっ!?」
 不意のショックに大きな声が出た。身体がしなる。
「や、あ、やだ、やっ」
 ネズのものが入れられたと気づくのに時間はかからなかった。こうなるともう悪戯では済まない。無意識にネズを払い除けるよう両手が動いた。その両手をあっさり封じ込め、ネズは耳元で笑った。
「起きてんですか? それとも寝ぼけてんですか?」
 どっちがいいのだろう。わたしは目を閉じたまま、か細く喘ぎ続ける。
「や、だ、やだ、あっ、あ、ああっ」
 視界が遮られているせいでネズの荒い息遣いとぐちゃぐちゃと絡みつく水音がとても大きく聞こえる。内臓を引き摺り出すみたいに強いピストン。こんなの初めて。もうアルコールなんてどっかに飛んでいった。わたしはネズに酔い痴れていた。
「ね、ず、ネズ、っあ、」
「光栄ですね、おれの名前を呼んでくれるなんて」
 ネズはわたしが寝ぼけていると受け取ったようだ。少し安堵する。恥ずかしさが半減した気がした。一度口から溢れたものは止まらない。「ネズ、ね、ずぅ、あっ、ああっ」身体を弓形に反らせ、わたしは喘ぎ続ける。ネズも何度もわたしの名を呼んだ。まるで恋人同士の交わりのようだった。
「っは、あ……っ」
 ネズは呻いて、腰を引く。次の瞬間、太腿に熱いものが触れた。それがどろりと皮膚を伝わり、精液が出されたのだと気づく。
「……なに、寝てやがんですか」
 ぽつり、ネズは呟いた。
 起きている方がよかったのだろうか。でも起きていたとして、あんなことをされたらどういう顔をすればいいのか分からない。ネズだって、戸惑うはずだ。自分の判断が間違っていなかったことを喜びながら、わたしはようやくまた微睡始める。最後に再びキスされた感触があった。今度は触れるだけの優しいキスだった。 

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