どこで出会ったのだろう。オレとは仕事で会ったのが初めてだし、ダンデとは例の試合の際に顔を合わせたのが初めてだったはずだ。最も、ダンデが嘘をついているのは明らかだった。彼女は随分前からここで働いている。オレの直属でこそなかったけれど。ダンデは何度もここに来ているからそのときに目をつけていたのかもしれない。そう考えるとあのとき紹介したのがバカみたいだ。ヤツにとっては絶好のチャンスを作ってしまった。 今日の彼女はいかにも怠そうな顔をしている。また寝不足だ。ヌメラのぬいぐるみから見えた昨晩の様子では、随分長いことスマホをいじっていた。ただSNSを更新するでもなく、誰かと電話をするでもなく、無言でディスプレイを見ていた。だからなにをしていたのかは分からない。 オレは三つめの〈超小型 離れていてもペットを見守れます〉をカートに入れようかどうか迷って、結局やめた。とりあえずベッドサイドが見守れたらそれでいい。あのバカ、ダンデのせいでリビングはまた危険地帯になったけれど。 「あの、昨日」 口を開いたのは彼女からだった。 「ダンデさんに見送って頂いたんですが、どんなお礼をすべきでしょうか?」 困った、という顔つきでこちらを見ている。 「なんで?」 殆ど食い気味にオレは返事をした。 なんで、当たり前みたいにダンデに見送られるわけ? なんで、当たり前みたいにお礼をしようとするわけ? なんで、当たり前みたいに恋人にそれを訊くわけ? いろんな疑問がたった三文字に凝縮されて口から飛び出た。 「……すみません」 どれに対する謝罪なのか分からない。 「わたしは断ったんですけど……」 そりゃそうだ。ダンデが無理やり押し切ったに違いない。オレは小さく、聞こえなくらいの舌打ちをする。「礼なんていらねぇよ、アイツが勝手にやったことだし」 でも、と彼女はなにか言いかけて、すぐに口を噤んだ。「そう、ですね」それだけ呟いてまた仕事に戻る。 見送ってもらったどころか、部屋に上げたことまでオレは知ってる。オマエから言い出さないのは、罪悪感があるからか? それとも、それくらいのことはなんでもないと思っているからか? ――せっかくお前を見守っていたのに、それを取り上げられたオレの気持ちは? むしゃくしゃしたので昼間から酒を飲んでいた。彼女は少しだけ厄介そうな顔をして、でもなにも言わなかった。 「あー、明日ってなんかあったっけ」 全然酔えなくてイライラする。 「今日から週末にかけて、なにもないです。急ぎのものは。わたしレベルで済むものなので、お休みしても大丈夫ですよ」 気を遣っているのかなんなのか、やけに優しい声に聞こえた。 「じゃ、帰る」 「え?」 「調子悪いから、帰る」 「え、ええと、お大事に……」 困惑した彼女を置いて、オフィスを後にした。すれ違った金髪に「顔赤いですよ」と言われたので「熱あんだよ」と答えた。 帰り道、またぐるぐるとダンデのことを考えていた。いつ彼女に目をつけていたかなんてどうでもいい。問題は、ヤツからどうやって彼女を守るかだ。後を尾けているのは現行犯で捕まえればいいし、もしそれ以外のことをしているなら――やっぱり彼女の家に行って、おかしなことをされていないか確かめよう。 もう慣れた道筋を辿って、彼女のマンションに着く。エレベーターに乗り込む頃には機嫌も少しだけ直っていた。扉が開いて目の前の部屋。そういえば久しぶりに来るっけ。いつもアイツがいないときに来るから、今度はきちんと招待してもらおう。 がちゃりと鍵を開けてゆっくり部屋に入る。真っ先に目に飛び込んできたのは、玄関先のコルクボードに貼られたダンデの連絡先だった。 「ッ、アイツ……」 びりびりと破いてゴミ箱に捨てる。願わくば、彼女がスマホに連絡先を登録していないように。二度と連絡が取れないように。 くたりと横倒しになった例のぬいぐるみ。リボンにつけてあったカメラが外されて、虚なボタンの目をしていた。「お疲れ」座り直させて、ぽん、と頭を叩く。また同じところにカメラを仕掛けるほどオレはバカじゃない。次はどこにしよう。天井なんか、いいかもしれない。全体が見回せるからより安全だろう。あのバカもさすがにそれには気付くまい。やっぱりカートに入れておこう。 以前きたときのように、ソファに沈み込む。相変わらずいい匂いがした。 まあ、犯人もわかったことだし、ヌメラもまだあるからしばらくは大丈夫だろう。ぼうっとうたた寝しそうになるのを必死に堪えて、ダンデの痕跡を探してみる。特に目立った跡はなかった。あの感じだと盗聴器なんか仕掛けている暇もなかっただろう。それは幸いだった。 気まぐれに、目の前にあった引き出しを開けてみた。小さいアクセサリーがこぢんまりと並べられていた。ポケモンモチーフのものもある。可愛いな、と思ってくすりと笑う。次のプレゼントが決まった。指輪のサイズを確かめて、明日はサボってプレゼントを買いに行こう。別になんの記念日ってわけじゃない。――強いていうなら、敵が見つかった記念日だ。リングだったらお守り代わりになるだろう。 オレは自分の思いつきを褒めてやりたくなったので、やっぱり高めのビールを買って帰った。 その夜、久々に彼女はSNSを更新した。 〈なんか、やばい、かも〉 大丈夫だって、仕事でも恋愛でも、オレが守ってやるんだからさ。 寝る間際、彼女はヌメラのぬいぐるみをじいっと見た。オレが見つめられているようでどきどきした。 - - - - - - |