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形而上のエロス



 歳下で背が低くて内気な可愛い彼女。マスコットにして持ち歩きたいくらい可愛くて仕方ない。これがオレの愛しいひとなんだと大声で言いたいくらいだ。「やめてよ」そんな風に言うと真っ赤になって膨れる、可愛い彼女。
「あーっ! ったく、なんで勝てねーんだよ」
 彼女が観ている前で負けるわけにはいかない。チャンピオンのオレは今日もキバナを負かす。危うく負けそうになったがそんなことはおくびにも出さない。涼しい顔で「お前もよくやった」と手を差し出す。キバナは思い切りオレを睨みながらも握手に応じた。「そんな怖い顔するなよ」握手したままの手がぐいと引っ張られる。「明日は絶対勝つからな」と耳打ちされた。明日もまた同じ時間にスタジアムでバトルがある。オレとキバナのバトルは他のどんなカードよりも人気があり、オーディエンスも特にうるさい。「また明日な」肩を叩いてマントを翻す。歓声が心地いい。どんな大勢の歓声も彼女の「お疲れ様」の一言には敵わないけれど。
 ふたりで帰りながらくだらない話をする。してもしなくてもいいような、どうでもいい話を。いつでも一緒にいられるから、いま話さなければならないことなんてなかった。
「また明日ね」
 駅で別れるときだけ、寂しくなる。彼女が見えなくなるまで手を振って、電車に乗ったとメッセージが来てから帰路につく。忙しさが落ち着いたらきっと一緒に住もう。まだ彼女には伝えていないけれど喜ぶはずだ。
 翌日、試合前にロッカールームでキスをした。恥ずかしがる表情がとても可愛くて、またキスをしようとしたら後ろでスタッフが咳払いをした。「……誰もいないって言ったくせに」数秒前の細やかな嘘を責められつつグラウンドに向かう。
 ふたりの対立を煽るアナウンス、いつもより強い風、こちらを睨め付けるキバナ。「お手柔らかに」とマイクに拾われないくらいの小声で呟いてポケモンを繰り出した。
 結果的にオレは勝利したが、圧勝とはいえない苦い試合だった。いつもストレートに技を出すキバナが珍しく――いやらしいといえば聞こえは悪いが――状態異常などで責めてきたせいでかなり手こずった。じりじりと削られるのはいい気分ではなかった。オレの辛勝にスタジアムはどよめき、一部からは怒号さえ聞こえた。どうせオレの圧勝に賭けていたやつらだ。たまにはこういう日もある。昨日と変わらずキバナに手を差し出した。
「もうちょいだったな」
 今日のキバナは笑顔だった。
「ま、ほぼオレの勝ちみたいなもんだろ」
「自惚れるなよ」
「そっちこそ」
 笑顔で、不穏な会話をする。
「次は勝つからな!」
 同じ戦い方をされたら次こそ負けるかもしれない。対策を考えないといけないな、などと思いながらロッカールームに戻る。半泣きの彼女が待っていた。
「負けるかと思った」
 にしても泣くことはないだろう。スタッフの視線が気まずくて、シャワーも浴びずに外に出た。夜風が涼しい。どうにかして彼女を笑顔にさせようとしたが、なにも思い付かなくて頭がぐるぐるする。
「おっと」
 背後からさっきまで戦っていた男の声が聞こえた。
「ダンデさまが女を泣かせてる」
「やめろ、人聞きの悪い」
「……本当のことじゃん」
 くす、と彼女が笑う。よかった、不本意ながらキバナが役に立った。「オレの恋人だよ」簡単に紹介すると、彼女もぺこりとお辞儀をする。
「噂は聞いてるぜ」
「やだ、どんな話してるの、ダンデ」
「な、なにも……」
「スタッフの目の前でも気にせずキスするって聞いたけど?」
 それは確かに本当のことだったので、オレは反論できず口を噤む。心当たりがあるせいで彼女も真っ赤になって黙りこくった。
 それから三人で並んで帰った。相変わらずどうでもいいくだらない話をした。変わらず幸せだった。キバナがあることないことを話すのでいちいち訂正するのは苦労したが。
「あれ、駅一緒じゃん」
「わ、そうなんですね。じゃ途中まで一緒に帰りましょう」
 よろしくな、と手を振って、ふたりの姿が見えなくなるまで立っていた。なにもかもがうまくいっているような気がした。

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