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けっこうイイひとだったから



 あたしのために歌を作ったと彼は言った。あのラブソングはあたしに捧げるものだと。
 それを初めて聴いたのは古いライブハウス。あたしはドリンクを引き換え忘れてちょっとイライラしていた。何度も来ているネズのライブ。あたしはいつも決まって下手の最前列。どんなにひとが多くてもかき分けてそこを陣取った。お目当てはサポートのギタリスト。あたしを覚えてもらわなきゃって。
「じゃあ久しぶりに新曲演りましょう」
 ネズがそう言って、ギターは苦笑いした。「弾きにくいんだよな」あたしは少しそわそわする。新曲はいつもどきどきだ。新しい彼が見られる。激しくてもスローでも、新しい彼が見られることはとても嬉しい。
 新曲はなんだか分からないけどラブソングだった。何度かあからさまにトチったけど、やっぱりかっこよかった。音の合間に聴き取れた歌詞は片思いのようで、ああいまのあたしのことみたいだな、なんて思った。
 ライブ後はいつものように出待ちしてネズに出会した。それで、あの一言を告げられた。
「あの曲はお前のために作りました」
 あたしはぽかんとしてネズを見る。
「お前があいつしか見てないことは知っています。でも、おれはお前が好きです」
 入り待ちと出待ちくらいでしか会ったことないのに、どうしてそんなこと言えるんだろう。ちゃんと聴いてなくてごめんね、と言うとやれやれとネズは首を振った。
「おれにしませんか」
 また歌いますから、何度でも。
 そんな恥ずかしい告白、初めてされた。きっとこれからもされないと思う。どうしてあたし、最初からネズを恋しなかったのかな。こんなことするひとだとは思わなかったからかな。でも、恋してあげてもいいかも。

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