彼女は夏でもストールに長袖、ロングスカート、もしくはタイツ。寒がりなんですね、と誰かは言った。おれはどうとも取れない返事をして、彼女が楽屋に来るのを待つ。ライブ後の身体は熱くて仕方ない。 「お疲れ様です」 スタッフが彼女を牽いて入ってきた。同時におれは無言で人払いをする。それぞれがばらばらと部屋から出て行ったところで、彼女の腕を引き寄せてキスをした。「ん、むぅ」突然のキスに躊躇いながらも、きちんと唇を開けて舌を誘い込ませる。しばらくそうしていたあと、ストールを外させた。少しだけ人目を気にしながら、彼女はゆっくりとそれを解く。首筋、鎖骨、肩にちる赤い所有痕。腕を捲らせるとそこかしこに同じ痕、服の下は見なくてもいい、どうせ同じだから。 「おれ、もう我慢できないんですよね」 後ろから抱きしめて、スカートをたくし上げる。僅かに身をよじるのを両手で制して、すぐに挿入した。びくんびくんと通電したみたいに彼女の身体は跳ねる。外にひとがいるため、声は一向に出さない。でもそれでいい。こいつの可愛い声を聞けるのはおれだけでいい。 二度ほど交わったあと、恥ずかしそうにする彼女を連れてタクシーを捕まえる。「スパイクタウンまで」と告げふたりで並んで座った。繋いでいた手を話す。不思議そうにこちらを見る彼女。空いた手で脚を割り、さっきまでの余韻で濡れている下腹部触れる。「……ッ!」窓際に逃げるけれど、そんなに体が離せるわけもない。ぐちゃぐちゃと音を立てながら、おれは真顔で彼女を見ている。夜の喧騒に紛れ「ッい、や」運転手に聞こえないくらいの声で喘ぐ姿は、おれが仕込んだ通りの淫らなものだった。 降りてからは立てなくなった彼女の肩を抱き、家まで連れて帰る。はあ、と熱い息が指に触れた。まったく、どこもかしこも愛しくてしょうがない。逸る気持ちを抑えて玄関のドアを開けた。 「ほら、着きましたよ」 「う……」 恨めしそうにこちらを見る目。 「シャワー浴びましょう」 返事なんて聞かず、バスルームに連れ込む。生温いシャワーを浴びせながら、ボディソープでは決して消えない身体中の痕になんどもキスした。この身体全部、おれのものだ。指先も太腿も首筋も、髪の毛一本でさえ。一挙一同がおれのもの。 髪を乾かしてやってすぐに寝室に運ぶ。少しだけ抵抗するが、そんなものは無視した。いつも通りベルトで両手を拘束してヘッドボードに括り付ける。「逃げないのに」ぽつり、彼女は呟いた。聞こえないふりをした。 白い身体を鮮やかに彩る赤い痕。もう一度すべてにキスをして、消えそうな部分は強く吸う。「い、った」がちゃがちゃと頭上で拘束具の音がしている。腕も腹も背中も、爪の一つでさえ、おれのもの。こいつはすべて、おれのものなのだ。 「どうしてこんなことするの」 いつだったか初めての日に泣きながらそう問われた。 「愛しているからですよ」 他になんの答えがある? 憎い人間相手にこんなことするものか。 「わたしの心は、きちんとネズのものなのに」 ――知っていましたか、心って見えないんですよ。どこにあって、どんな形をしているか、誰も知らないんですよ。だからもし、万が一、お前の心がどこかに移ろったとておれには知りようがないんです。 「っい、たい!」 今度は首筋に噛り付く。思い切り噛んだのでしばらく跡がつくだろう。次に二の腕、横腹、太ももにも同じことをする。「ひっう……」泣き声にも似た悲鳴。おれの手で泣かせていると思うと、気分がいい。 「なにが、し、たいの」 泣きながら、しゃくり上げながら彼女は訊いた。 「愛しているからですよ」 心が見えない分、愛している証を身体に刻まないといけないんです。そこかしこに、おれのものである印をつけていなければいけないんです。 「愛しすぎて、おれはいつかお前を殺してしまうかもしれません」 白い肢体が強張る。おれを愛する、おれが愛する、美しい身体。心が移ろうくらいなら、いまのままで留めておきたい。 今日三度目の交わりは、彼女にとっては脅迫でしかなかったようだ。腰を打ち付けながら、絶望が垣間見える顔つきをじっと見つめる。その目は確かにおれを愛していたが、同時にそのことに対する恐怖も見えた。愛し続ければ殺される、愛さなくても殺される。 「な、んで」 なにに対する質問か分からなかったので、キスで塞いだ。 なんで、お前なのかって? それはお前がお前だからですよ。 - - - - - - |