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赦しの技法



 この街に赴任してからもうずいぶん経つ。よくいえば平和な、悪くいえばさしたる娯楽もない田舎だ。私は日がな赦しの秘蹟を施すことで住民に心の平穏を齎している。内容は様々だ。可愛い子供の悪戯や、刑事事件になりそうなものまで幅広く聞いてきた。イエスが使徒たちに与えた赦しの機能を受け継いでいる司祭が私であるため、聞き届けられるのは私しかいない。
 その日は陽が暮れるのが早かった。懺悔に訪れる者もなく、このまま終わるかと思っていた。
 と、そこに細い影が告解場に足を踏み入れた。きし、と軋む足音からして軽い女性のようだ。それともうひとり、付き添いのような足音も聞こえる。稀にそういった人々も来るので、不自然には思わなかった。私は襟を正して正面を向く。薄い板越しに、娘の吐息が聞こえた。
「あの……わたし、初めてで」
「洗礼は受けられていますか?」
「はい。幼い頃に」
「それでは問題ありません、気を楽にしてください」
 少し、声が震えていた。
「父と子と聖霊のみ名によって、」
 何度も繰り返している言葉だ。もうなにも読まずにそらで唱えられる。
 同じ言葉を繰り返しながら、壁越しにも娘の震えは伝わっている。初めてというのは嘘ではないようだ。それにしても怯えすぎなのは、罪の重さのせいなのか。
「神の慈しみに信頼して、あなたの罪を告白して下さい」
 ロザリオを握る。娘は躊躇うように、息を吸って、吐いてを繰り返していた。
「わ、たし」
 ぎしり、新しくない告解場が軋む。向こう側で立ち上がったのだろうか。こちら側からはなにも見えないので、想像することしかできない。
「っあ、わたし、罪を、犯しました」
「具体的には――」
「は、ぁ、」
 やけに息が荒い。走ってここまできたにせよ、ここまで落ち着きのない人間は初めてだ。
「か、姦淫の罪を――」
 がたん、向こうで大きいな音がする。
「んっ、う、はぁ、あ」
 もしかしたら熱でもあるのかもしれない。私は思わず前のめりになる。「大丈夫ですか」「だ、いじょうぶ、で、っん!」認めたくないが、それはとてもエロティックな声だった。脳に直接響いてくらくらする。違う、きっと娘は罪の意識のために過呼吸を起こしているに相違ない。それ自体、よくある話だ。
「ほら、司祭サマが困ってますよ」
 もうひとりの声が聞こえた。小声だったが、静かなこの場には十分すぎるほどの声量だった。妙に聞き覚えのある声。
「っひん! あ、ああっ、も、ダメ、ですっ」
 だが、明らかに娘は快楽による嬌声を上げていた。
 ルール違反と知ったうえで、目の前の仕切りを勢いよく開ける。
「掟破りですよ、司祭サマ」
 ニヤリと笑うその顔は、共に務める修道士のものだった。質素なワンピースを着た娘を後ろから抱き締め、大きく脚を開かせて淫らな行為をしている。
「ほら、罪を犯した娘が懺悔しているのに、あなたはなにをしてるんですか」
「あっ、あっ、」
 ブラザー・ネズ。煙草は吸うわ酒は飲むわの手の付けられない問題児だ。まさかここまで酷いことをするとは思わなかった。私は息を飲む。
「っひん、ネズさ、まぁ」
 さっきまで神への言葉を口にしていた娘は顔を仰け反らせてネズと口づけをする。
「ッは、ほら、どうしちまったんです? 赦しを与えてやってくださいよ」
 教会に似つかわしくない、ぐちゃぐちゃとした体液の音。こんな――こんなことがあっていいものか。ふらついて、後ろに手をつく。
「そ、それでは、神の赦しを求め、心から悔い改めの祈りを――」
「やああっ、ああっ!」
 規則通りの私の言葉は娘の鳴き声に遮られた。「ネズ、さまぁ、あっ!」祈りの言葉など娘にはまるで届いていない。ネズは娘の腰を掴んで、一層大きく腰を動かした。
「……私は、父と子と精霊のみ名によって、あなたの罪を赦します」
 一息でそこまで言う。はあはあと荒い息をしている娘に届いたかは分からない。
 ネズは前髪をかき上げてニタリと暗い笑みを浮かべ、
「アーメン」
 と呟いた。そして首から下げたロザリオにキスし、仕切りをゆっくり閉めた。
「ほら、赦されましたよ、ッは、」
「あ、ありがとう、ございま、す……ッ、ネズさ、ま」
 ぎしぎしと鳴る音はやまない。
 ――神よ、私は彼らを罰するべきなのでしょうか。それとも、やはり懺悔をしたからには赦すべきなのでしょうか。神よ、もう私にはなにも分からなくなってしまいました。あなたは、天の上からこれを見ていらっしゃるでしょうか。迷える私に、どうか神託を頂けないでしょうか、神よ――。

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