パパの友人のカブさんはわたしの初恋のひとだ。パパと同い年なのにとても若々しくて、そのうえジムリーダーを務めるほど実力がある。悩みを聞いてくれるし、成人してからはお祝いで一緒にお酒を飲んでくれた。だからわたしは、いまでもカブさんしか見えない。歳上がすきなのかな、と思って他の男性と付き合おうとしたこともあるけれど、嫌悪感が勝ってしまってできなかった。結局、カブさんしか駄目なのだった。ただ、もちろんカブさんに対しても不満はある。いつまで経ってもわたしを友人の娘としか見ていないところだ。「ぼく以外にも素敵な男性はいるんだから見つけなさい」なんて言って。 水曜日、午後十時。ふだんは聴かないラジオをつける。カブさんがゲストで出るからだ。もうひとり、同じくジムリーダーのマクワくんも出るらしい。マクワくんは歳が近いからなんとなく親近感を持っている。数回しか会ったことはないけれど。 〈さて今夜も始まりました、〉 DJの軽快な挨拶で番組が始まる。〈こんにちは、いや、こんばんはかな〉ラジオ慣れしていないカブさんはとても新鮮だ。対してメディア慣れしているマクワくんは生き生きしている。対比がとても可笑しかった。 〈ジムリーダーのおふたりにしか聞けない質問、お待ちしています〉 わたしはうぅんと少し考えて、打つのをやめた。どうせ直接会えばなんでも聞ける。読まれるかも分からないメールを送るより、質問のためにカブさんに直に連絡する方がいい。 〈早速きてますね。えー、マクワさん、写真集買いました〉 〈ありがとうございます〉 〈どこでロケハンしたんですか、とのことです〉 〈アローラに行ってきました〉 〈写真集かぁ、さすがだね〉 ラジオらしいリズムのいい会話が心地よい。そのあともカブさんのようなトレーナーになりたいが炎タイプで初心者におすすめのポケモンはなにか、といった質問から、マクワさんはお母さまをなんと呼んでいますか?といったくだらない質問までたくさん寄せられていた。わたしは部屋でひとりけらけら笑っている。 〈お時間的に、次が最後になりますね。おふたりに質問です。いまいちばん大切なものはなんですか?〉 ふたり同時にうーんと考え込む。〈難しく考えないでくださいね〉DJがフォローした。 〈ありきたりな答えでいいですか? ぼくは家族です〉 もちろんポケモンも家族ですから、とマクワくんは百点満点の答えを出した。さすがだ。またこれで女性からの好感度が上がっただろう。 〈カブさんさんは?〉 〈はっきりとは言えないんだけど――大切なひとがいる、としておこうかな〉 ヒィ、とマクワくんが変な声を上げた。 〈……それはここで言ってもよかったんでしょうか?〉 わたしは思わずクッションを抱き締める。 〈きっとこれを聞いていないだろうからね。大切にしすぎて、なにもできてないでいるんだ〉 〈聞いてますよきっと〉 マクワくんだけやたら慌ている。女性関係でスキャンダルあったのか、そういう話題に敏感なのかもしれない。そうか、女性人気があるというのも大変なんだなあ。 〈聞いていてくれたらいいんだけどね。彼女がどう思っているのかは分からないけど、とても素敵な女性なんだ。ぼく以外にも素敵な男性はいるのに、ぼくなんかに時間を割いてくれる、可愛いひとだよ〉 そこでラジオを切った。恥ずかしくて聞いていられなかったから。耳の奥がどきどきしている。あんなこと言っておいて、ずるい。直接言わないなんてずるい。ラジオが終わった頃合いを見計らって、カブさんに「嘘でもありがとうございました」とメッセージを送った。嬉しさと恥ずかしさで指先が何度も震えた。返信はすぐにあった。怖くて見られない。薄目でちらりと画面を見る。 〈本当のことしか言ってないよ〉 ずるい。 - - - - - - |