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インシデント



「全部分かってるんですよ」
 ネズは地獄の底から響くみたいな声でそう言った。「全部、知ってるんですよ」なにを言っているのか分からなくてきょとんとする。きっとわたしは間抜けな顔をしていただろう。ネズは舌打ちをした。とても冷たい目をしていた。
「っ、いたいっ」
 肩を掴まれてベッドに押し倒される。わたしのうえにのそりと跨がるネズの身体はいつもより重い気がした。「昨日、」「え?」「昨日、あいつと会ってましたね」心臓が跳ねる。気づかれていないと思っていた。ネズ以外の男に抱かれたこと。それでもわたしはとぼけて「え? なんのこと?」と問いかける。
「……いい加減にしろ」
 いままで聞いたこともないトーンの声。ぎり、と歯軋りをするネズを見て漸くかなり拙い状況に陥っていることを知る。
 わたしのなかでは昨日のことは浮気にカウントされない。浮気とは気持ちが移ろってしまうことをいうからだ。わたしの気持ちはずっとネズの元にある。昨日はただ、仲の良い男友達に抱かれただけ。
 そんなことをいま言っても仕方ないことは分かっている。むしろ、言わない方が得策だ。
 一応逃げようともがくけれど、この細い身体のどこからそんな力が出るのか、ネズはぴくりともしない。
 言い訳を探して僅かに開いたわたしの唇をネズの節くれた指がなぞる。ぞわ、とした。閉じようとした瞬間、人差し指と中指で強引にこじ開けられる。そのまま二本の指はするりと咥内に侵入してきた。
「この口で、あいつのを咥えたんですか」
「んっ、う、っ」
 強引に突っ込まれる指に、少しだけ吐き気を覚えた。噛みつけば離してもらえるかもしれない。でも見たことないネズが怖くて、わたしは抵抗できないでいる。
「この舌で、あいつを喜ばせたんですか」
 ぐちゃぐちゃと舌を弄ぶみたいに動くから、唾液が絡んで水音がする。耳に直接届く音が恥ずかしい。「っふ、ぁ」飲み込めなかった唾液が口の端から垂れた。まるで性器を咥えさせられているときみたいだ。指の腹がゆっくり舌を這う。上顎をくすぐられてまたぞわ、とした。鳥肌が立つ。怖いのに、嫌なのに、気持ちいい。
「ね、ず」
 細い指が引き抜かれる。枯れ枝みたいな指先がわたしの唾液で光っていた。ネズはわたしの目を見ながらそれを舐めとる。今度はぞくりとした。――いまから、なにをされてしまうんだろう。期待と恐怖が綯い交ぜになる。
「おれ以外、考えられないようにしてやる」
 ベルトを外す音、骨が軋む音、シーツの衣擦れの音、ネズの低い声。わたしはもう抵抗しようとしない。早く、どうにかしてほしかったから。ネズ以外のことなんて、考えられないようにしてほしくなったから。
「お前はおれだけのものです」
 すっかりわたしの身体を自分のものにしてしまい、荒い息に紛れてネズはそう言った。激しい動きに頷くことさえままならなくて、わたしはただ喘ぐだけ。そうすると返事を急かすようにまた指先が口のなかに差し入れられた。ぐちゃりとかき乱され、また声にならない嬌声が洩れる。見たことないネズにぞくぞくが止まらない。いつもより感じてしまう。どうしてこんなに激しくされているのか分からなくなる。昨日のことなんて、とっくに忘れてしまった。だからたぶん、いつか同じことを繰り返す。そうしたらきっとネズは同じことをしてくれる。ネズだけのわたしにしてくれる。

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