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最終電車



 最終電車に乗る。暑くもないのに冷房がかけられた車内にはオレひとり。白く冷たい光に満たされて孤独感を募らせる。分厚い硝子の向こう側、もう小さくなった街の明かりに取りすがり、さっきまで握っていた手の温もりを思い出していた。
「また会えたらいいね」
 涙ながらにそういったアイツ。
「じゃあな」
 少し戯けたように手を振って別れた改札、狭い駅のなかは人でごった返していて気を抜くとすぐにアイツは見えなくなった。ぼんやりした色のニットを着ていたから最後の姿は曖昧にしか思い出せない。掌で覚えている柔らかさに必死に追いすがる。握り締めた飴が痛い。
「会おう」
 と言えなかった自分がすきで、嫌いだ。
 黒い空を見上げて欠けた月を睨む。せめて満月ならよかったのに。夢に旅立つアイツへの餞として。
 夢が叶うといいな、とか、破れてオレの元に帰ってくればいい、とかどっちかつかずで継ぎ接ぎの祈りが心のうちに反響する。どれも叶えばいい、すべてアイツに繋がるものに変わりはないから。
「会えるさ」
 と言えばよかったのかもしれない。不確かな約束でも、ないよりはきっと今より不安が減る。でもそうすることでアイツを縛ってしまうのが怖かった。オレは欲張りのくせに臆病者だった。優柔不断なアイツがなににも迷わず眠れるよう、オレのことなんて忘れられるよう、祈るだけだった。
 各駅停車の電車はゆっくりと歩を進める。駅につくたびにひとが疎らに去ってゆく。いよいよオレひとりになる。
「またな」
 と言うべきだったのかもしれない。いまさら遅いけれど。
 くしゃくしゃになった包み紙を破り捨てて飴を口に放り込んだ。甘いはずなのに、苦いな。あのとき飲み込んだ苦しい気持ちと一緒で。窓に映るオレはひどくやつれたような顔をしていた。
「ずっとすきだ」
 と言うべきだった。時間が経つにつれ、アイツから離れるにつれ、後悔に苛まれる。すべて手遅れなのに。
 最終電車はもう端っこに辿り着く。気持ちだけ取り残したあの街から遠く離れて。

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