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直視に耐えない。



 彼女がずっとおれだけを見ていることは分かっていた。おれだけ、他のなにも見ずにおれだけ。友人さえも犠牲にしておれを追いかけてきた。ただのファンというだけではなく完全に恋されていた。おれの影響で楽器も始めたといった。ギターより簡単そうだからベースにしたともいった。彼女はいつも黒いワンピースに底が分厚いラバーソール。小柄な身体に似合っていて黒猫のよう。アイシャドウは冷たい青。色素の薄い瞳に映るのはおれだけ。どうしておれに執着するのか、それは「ネズがあたしのことを知っていたから」。おれの楽曲が自分のことを歌っているようで、おれになら人生を捧げられると感じたそうだ。それ自体はよくある話、よく聞く理由。だがその理由で人生を捧げるやつは、ほぼいない。ライブにはかかさず来るし、時にはスタッフとしてひっそり参加することもあった。どちらにせよおれのためだった。時にはそれが痛々しいと思うこともあった。「おれなんかのための人生を消費しないでください」と言ったこともある。彼女は大きな瞳でおれを見て、耐えきれなくなって逸らすと向こうもぷいとそっぽを向いた。彼女がなにを考えているのかは全く分からない。ある日いつものサポートメンバーが倒れた日、別のスタッフが彼女を連れてきた。確かにベースだったが、ステージに立ったことのない、しかもおれのファンを使うことは考えられない。だがとにかく音を聴いてくれというスタッフのために目の前で弾かせた。驚くべきことにいつもと同じ音、完璧な演奏だった。「ね? この子すごくないすっか? これならいつもと同じライブができますよ」少しだけ気味悪く感じたが、背に腹は変えられない。その日は彼女を連れてステージに立った。きっと緊張して失敗すると思った。しかし意に反して彼女は完全におれたちと一体化した。オーディエンスも熱狂、なんならいつもより盛り上がった気がした。「あの子やりやすいっす」だから彼女はたまにおれのステージに立つようになった。居心地が悪いのは最初だけで、すぐに彼女の完璧な演奏に染まっていった。間の取り方、音の強弱、アレンジの仕方、どこで身につけたのか分からないがおれ好みのものだった。やがていままでのベーシストが自分のバンドを組んで去ってゆき、彼女は正式にサポートメンバーになった。その頃には違和感はゼロになっていて、むしろおれがいちばん喜んだほどだ。彼女は誰よりもおれを理解していたから。長い前髪の隙間から、相変わらず色素の薄い瞳がおれを見ていた。全てを捧げられることが快感にすらなっていた。どうです、彼女はおれのためにこうなった。全ておれのためです。おれの幸せのために自分の幸せを捧げたのです。誇らしい気持ちは、いつしか恋に変わっていった。今度はおれの目が彼女を追うようになり、誰よりも大切になっていった。黒いワンピースもラバーソールもアイシャドウも、愛おしくて仕方なかった。おれに全てを捧げた女に、全てを捧げたくなった。おれは彼女を呼び出して愛の歌を聴かせた。初めての経験に心臓はずっと早鐘を打っていた。彼女の目なんてまともに見られない。彼女はそれを最後まで黙って聴いて、おれの指が動かなくなったのを確認して顔を上げた。目が合う。次の瞬間、いつかのようにぷいっと顔を背けて部屋を後にした。おれは呼び止められず、反射的に伸ばした手と指先だけで追いすがる。――彼女は二度とおれの前に姿を表さなかった。

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