初めは驚いたし、なんならいまでも信じられないでいる。友人があのダンデと交際を始めたという。長年の付き合いだからいえることだが友人はとても美人というわけではないし、背は高いけれどモデルというほどじゃない。どちらかというと素朴な女だ。それが、あの、ダンデと。ダンデといえばこの地方で知らない人間はいない。あの、ダンデだ。しつこいようだけれど、あのチャンピオンのダンデだ。どこで知り合ったのか聞くと道に迷っているところを偶然通りがかった彼女が助けたことがきっかけらしい。要はそこで一目惚れをされて猛アタックを受けたという。へえ、ダンデの好みってこういうタイプなんだ。昼下がりにそんな話を聞いていた。 「ダンデって忙しいんじゃないの」 コーヒーを啜りながら当たり前のことを質問する。そりゃ訊きたいことは山ほどあるけれどぱっと思いついたのがこれだった。 「忙しいね、すごく」 なんともないような顔で友人は答えた。 「寂しくない?」 「うーん、寂しいよりも応援したい気持ちの方が強いから」 模範解答。わたしの知っているダンデはマントと長い髪を風になびかせどんなチャレンジャーでも負かす英雄だ。テレビや雑誌で見ない日はない。子供らの憧れ、全トレーナーの目標。それが友人と並んでいるところはなかなか想像できなかった。聞けば最近は若いトレーナーの育成にも熱心だという。ますます恋愛とは縁遠い人間に思えた。 「ダンデね、すごくポケモンとバトルがすきなんだ」 「そうだろうね」 「……あなたが思ってる以上に、だよ」 トレーナーではないわたしには「ダンデは強い」ということくらいしか分からない。あれだけ強ければバトルも楽しかろう。そんな認識だ。ついでに「顔がいい」も付け足しておこう。 「寝ても覚めてもそればっかり考えてて。この間なんてね、デートで映画を観に行ったんだけど終わってから感想聴いたら『観てなかった』なんていうんだよ。作中に出てくるポケモンのこと考えてたらストーリーなんか頭に入らなかったんだっていうんだよ。信じられる?」 それは文句のようで、でも彼女は笑顔だった。 「それにね、お茶してても弟くんとかリーグスタッフとか、そんなひとたちの話ばっかり。歩いててもポケモンを見つけたらそっちにふらふら行くし、わたしのことなんか見えてないんじゃないかなって思うこともある」 でもね、と彼女は続ける。 「だからすきなんだ」 「へえ、ただの惚気じゃん」 「訊いたのはそっちだよ」 「まあそうだけど……」 「きっと、ダンデがわたしを優先するようになったら――わたし、すきじゃなくなっちゃうかもしれない。だってあのひとの生き甲斐を奪うことになるんだもん」 生き甲斐、なるほど。いつだかインタビューで「オレの目標はすべてのひとにバトルの良さを伝えることです」とかいってたのを思い出す。本当のことだったんだな。綺麗事じゃなくて。 「ダンデは綺麗事なんていえないよ」 友人はあはは、と笑い声を立てた。 「記念日も覚えてないもん。ポケモンの誕生日は覚えてるのに」 「それってひどくない?」 「いいんだよ、わたしが覚えてるんだから」 「なるほどね」 なるほどね。頭のなかで反芻する。きっとダンデは一目惚れ以上に、彼女のこういう部分に惹かれたのだ。わたしをいちばんに考えろなんていわない、とても純粋で控え目なところに。 「わたしはトレーナーじゃないからポケモンには詳しくないけど、ポケモンがいるからいまのダンデがあるんだって思う。いつになるか分からないけど、ううん、もしかしたらもう叶ってるのかもしれないけど、ダンデの夢が成就するまで見守っててあげたいの」 もちろんその後もね、と言い加える。 「それに、忙しい合間を縫ってちゃんと会ってくれるよ。今日も迎えに来てくれてるしね」 そういうと彼女はわたしの後ろに向かって手を振ってみせた。振り返るときょろきょろと辺りを見回す、眼鏡をかけたダンデがいた。変装のつもりなのか。友人はこっちだよと少し大きい声を出して彼を呼ぶ。安堵した顔でダンデがこちらに歩いてきた。 「探したよ」 「よくひとりで来られたね」 「オレだってやるときはやるんだ」 友人はわたしのことを簡単に紹介した。会釈して、席に座るよう促す。友人の隣に座ったダンデは思ったよりも童顔だった。少年のような、キラキラした目をしていた。 「あのね、」 急にふたりは畏る。わたしはちょっとだけ身構えた。 「オレたち、結婚するんです」 ほら来たやっぱり。その報告以外にこんなシチュエーションないだろう。 「結婚式であなたにスピーチしてもらいたいと思って」 「ふーん……なにいってもいいんだ」 「へ、へんなことはいわないでよ」 「楽しみにしてて」 コーヒーの最後のひとくちを飲み終える。 結婚式では今日聴いた話を伝えよう。ヒーローとそれを陰で支えるヒロイン。いまではきちんとお似合いのふたりに見えた。 - - - - - - |