「好きな人には会いに行かなくちゃ意味ないんだよ」 わたしの友人はそれはもう熱心なネズの追っかけだった。わたしも付き合わされて何度もライブに行ったものだ。「みんなにネズの歌を聴いてほしい」とチケットを取ってくれるのだからお言葉に甘えてご一緒した。代わりに惚気みたいなネズの話をたくさん聴いた。あのとき目が合った、あの曲はわたしのために歌ってくれた、なんて妄想じみた話。出待ちにも何回も付き合わされたっけ。ハートマークを飛ばしまくる友人と全然興味ないわたしの対比は面白かったのだろう、ネズは早々に覚えてくれた。友人はいつも手紙と喉飴を差し入れしていた。「いつもありがとうございます」と先週、ネズは黒いマスクの下でお礼を言ってくれた。友人は本当にネズが好きだった。全部過去形なのは昨日彼女の葬式に出たからだ。ネズに渡すはずだった手紙と喉飴を受け取って、わたしはいまライブハウスの裏口に立っている。 「あ」 何人かと握手を交わしたあと、ネズはわたしに気づいてくれた。そして友人の名前を出して、どこ行ってるんですか?と訊いた。驚いた、名前まで覚えてくれているのか。 「来ません。死にました」 ネズは目を丸くして先のファンから受け取った花束をばさりと落とした。 「これ、差し入れです」 わたしは赤い紙袋を突き出す。いつも通り手紙と喉飴が入っている。「ちょっと待ってください」とネズは手紙を取り出してすぐ読み始めた。友人はいつも手紙を途中まで書いて、ライブ後にその感想を書くためにスペースを残していた。出待ちしながら慌てて手紙を書く様は面白かった。今日の手紙は、スペースが残ったまま。ネズは時間をかけて手紙を読んだ。数行しかないのに。 「……見当たらないと思ってたんです」 手紙を握りしめ、ネズは独り言のように呟く。 「おれ、アイツのこと好きだったんですよ」 「え?」 「笑ってください。いまさらいっても仕方ないことですから」 また驚く。友人はただのファンだと思っていたのに。それからネズはライブ中に友人に向けて私信を飛ばしていたこと、いつも三曲目は友人の好きな曲を演っていたこと、ライブ中に見つけられなかったときには出待ちで会えてほっとしていたことなどを話した。 「アイツに伝えたことはないんですけどね」 ふ、とネズは笑った。 「いつかおれから会いに行きたかった」 というネズに、 「好きな人には会いに行かなくちゃ意味ないんだよ」 友人の口癖が脳裏をよぎる。いま彼女はどんな気持ちでネズを見ているだろう。「知ってたよ、早く来てよ」なんて笑ってるんだろうか。 わたしは彼女が埋葬された墓地の住所を教えた。ネズは友人の手紙の余白にそれを書き留めた。それは友人からの最期のメッセージに見えた。 - - - - - - |