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黄信号



 ああ、まただ。
〈今日遅くなるから先に寝ててくれ〉
 と背景が騒がしい電話、後ろで〈ねえ、誰と電話してんのお?〉という甘えた声。わたしは「あっそ」と怒りで震える声をできるだけおさえて返事した。〈そーそー、じゃね〉とキバナは笑って電話を切る。
 まただ、またなんだ。
 キバナの女好きはいまに知ったことじゃない。付き合い始めてからもう三年、何度も何度も浮気に悩まされた。わたしが怒るたびに彼はアクセサリーや花束なんかを買ってきて謝った。謝って、オレから離れないでくれと泣きもした。オレにはオマエがいないと駄目なんだと喚きもした。彼がわたしを愛していることは十分に分かっていたが、それでいてなぜ他の女に手を出すのかは理解できなかった。
 じゃあ同じようなことをすれば理解できるのかもしれない。
 わたしはかねてより、あからさまに好意を寄せてくれているダンデに連絡を取った。今夜はキバナがいない、寂しいから飲みに行かない?と誘うと彼は少し動揺しながらオーケーした。わたしはできるだけ露出の多い服装でダンデに会いにいった。
「久しぶりだな」
 オフショルダーに大きく背中の開いたワンピース、ダンデは「目のやり場に困る」という顔をした。
「行きたいとこがあるんだ」
 と彼の手を取って微笑んでみせた。指輪は外してきた。きっとダンデも気付いているはず。
「じゃあ、連れていってもらおうかな」
 困惑したような表情のまま、ダンデは笑った。
 ホテル街のすぐ近く、誰にも忘れられたような薄暗いダイナーに行った。店のなかにはやけにベタベタしているカップル、いまにも事を始めそうな男女なんかがいてどう見ても治安が悪い。ダンデは「本当にここか?」と訝しんだ。
「間違えちゃったかも。でもまあいっか」
 嘘、本当はちゃんとここを選んできた。ホテルに行く前に形式的にお食事をするようなふたりが来るところだ。酒を飲んでそのままネオンに消えていく。
 わたしはできるだけ強いカクテルを頼んだ。下戸のダンデは炭酸水を選んだ。
「えー、飲みなよ」
「潰れるわけにはいかないからな」
 この期に及んでまだ紳士ぶってる。どうせわたしを帰さないくせに。ううん、わたしは帰らない。きっとダンデと寝てみせる。そうしないとキバナの気持ちは分からないから。
 わたしは死ぬほど飲んだ。立てなくなるほど。
「そろそろ帰ろうか――帰れるか?」
 ふらつきながらダンデにしがみつく。「帰らないよ、わたし」
 ダンデはわたしの肩を抱いた。「そうか」暖かい手だった。彼に身体を預けて、ネオンの方に歩いていく。
 古臭いホテルにふたりで入った。ダンデがシャワーを浴びている音を聴きながら、こんなところ久しぶりにきたなと思う。
 タオル一枚で彼が戻ってきたとき、わたしはすっかり下着姿になっていた。「ねえ、早く」できるだけ卑猥に笑う。ダンデは余裕なさそうな顔つきでまずキスをした。髭が当たって、キバナとは違う人間とキスしていることを知らしめる。唇を少し開くと、そっと舌が入ってきた。キバナの乱暴なそれと違って、とても優しかった。暖かい手が服を脱がせる。キバナはいつも服を破るみたいに脱がせるのに。ゆっくり下着のなかに入ってくる。キバナだったらこんなことせずまず自分が気持ち良くなるのに。キバナだったら、
「――やめよう」
 ダンデはそこで動きを止めた。
「君が泣いているところは見たくない」
「泣いて、なんか」
 視界が潤む。わたしは泣いていた。
「キバナへの復讐だろう。分かってるよ」
 ダンデはベッドサイドに脱ぎ捨てたワンピースをわたしに手渡した。
「選ばれて幸運だけれど、君が傷つくのは本意じゃないんだ」
 どこまでも優しいダンデの言葉にますます涙が止まらなくなる。こんなに優しいひとわたしを好きでいてくれるのに――どうしてわたしはまだキバナのことを考えているんだろう。
 ごめんね、と泣きながらダンデに謝って、結局その晩なにもせず寝た。ダンデはベッドでなくソファで寝た。
 朝起きると着信が十四件も入っていた。すべてキバナだった。留守電には〈いまどこだよ〉〈帰ってこねえの?〉〈すぐ返事くれ〉と焦ったような声が入っていた。まだ寝ているダンデに小声で謝って、急いでうちに帰った。
 ドアを開けるとすぐにキバナが飛びついてきた。
「捨てられたかと思った」
「……捨てようとした」
「悪かった、オレが全部悪かった、二度としない」
 なにを? 浮気を? 信じられない言葉に苦笑する。
「ずっと側にいてくれ」
 抱きしめるキバナ、抱きしめられるわたし、どちらもとても酒臭い。
「オマエだけ愛してる」
「不本意だけど、わたしも」
 玄関先にふたりでしゃがみこんで、泣いた。たぶん彼はこれからも浮気をするし、わたしも意趣返しをするんだと思う。でもきっと好きなんだ。どうしようもなく。

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