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夜にさすらう慟哭のごとく



 それは見たこともない病だった。
「センセイ、どうにかしてくれ」
 キバナは神にでも祈るように私に縋った。
 その患者は口から花弁を吐いた。それだけでなく、髪の一部、爪先、睫毛なども花弁と化していた。頬に咲く小さなバラは腫瘍のようで痛々しかった。
 詳しく話を聞くと夜、夢を見ると翌朝にはどこかに花弁が生じるらしい。「昨日は夢を見ませんでした」花の種類に季節は関係ないようだった。わたしは頬のバラを取ってもいいか尋ねた。「どうぞ。全然痛くないんです」彼女はにこりと笑った。検査に回すとバラはバラ、植物のそれ以外の何物でもなかった。
 ひとに見られるのを恐れて、彼女は引きこもって生活しているという。見た目以外に問題はなさそうだったが詳しく調べるために入院させた。キバナは「良くなるといいな」と彼女の頭を撫でた。
「お見舞いに来るのは自由ですよ」
「オレ忙しいんすよ」
「ええ、知っています」
 などと話して、その日キバナは帰った。彼女は彼が見えなくなるまで窓を眺めていた。次の日には症状は出なかった。
 しかしその次の日、彼女の膝から紫陽花が咲いた。どんな夢を見たか問うと、とても恥ずかしそうにキバナと雨の日にデートする夢を見たと答えた。花を取り除くと「それ、飾ってもいいですか」と彼女はおずおずといった。紫陽花は窓辺に飾られた。
「彼とは長いのかい?」
「キバナですか? ……ええ、まあ、そこそこ」
 男の私が訊いても答えづらいだろう。年が近い看護師にバトンタッチして私は部屋を出た。
 しばらくして看護師は浮かない顔で出てきた。
「キバナってのは、噂通りの男みたいです」
 曰く、女好きで手が早い。彼女がいながら堂々と他の女と出歩くような男だと。
 彼女は淡々と浮気されていること、見舞いのあとに女に会いに行っていることなどを話したという。「でも、お見舞いに来てくれるだけいいんです」桜の花弁混じりの睫毛を瞬かせ、彼女は切なそうに笑った。キバナのことを話す彼女はとても綺麗だった。
 翌日、キバナは彼女ひとりでは食べ切れないほどのフルーツを持って見舞いに来た。少しほっとした自分がいた。「アイツ、どうなんの?」私は答えられなくて、専門用語で誤魔化した。
 翌日、彼女に変化はなかった。「夢、見ませんでした」どうやらキバナがキーになるらしい。断定はできなかったが、それ以外考えられなかった。
 それから半月ほどキバナは見舞いに来なかった。彼女は毎日花を咲かせた。小さい口からはらはらとハルジオンを吐く様は絵画のようだった。不思議なことに内臓を検査してもなんの異常もない。まったく、不思議という他ない病だった。
 ある日彼女はぽつりと溢した。
「キバナは、告白するときに大きな花束をくれたんです」
 嬉しかったな、と寂しそうにいった。「あれ以来、もらってないんですけど」きっと他の女の子にはあげているのでしょうね、と悲しそうに呟いた。
 それだ。わたしは目が覚める思いがした。彼女のなかの寂しさ、あるいは恨めしさがしこりとなって、彼との思い出である花として顕現しているのだ。記憶の残滓である夢を見るたびにそれらは想起され、花を咲かす。彼が見舞いに来る日は幸せに満たされるので症状が出ない。仮説だったが、自信があった。翌朝、彼女は掌に蓮の花を咲かせた。
「彼女のことが心配ですか」
 キバナが見舞いにきた日、私は彼にずばり問いかけた。
「あたりめーだろ」
 彼は少し怒った風に答えた。
「それなら毎日見舞いに来てください」
「はぁ?」
「いいですか、毎日ですよ」
 オレ、忙しいんだけど、とぼやきながらキバナは帰っていった。
 果たして翌日、彼は朝からやってきた。彼女はとても嬉しそうにしていた。
 翌々日も彼は見舞いに来た。「なんだオマエ、元気そうじゃん」「うん、元気だよ」いつまで続くか不安だったが、彼はそれから二ヶ月毎日顔を出した。忙しい日には数十分だけだったが、それでも明らかに効果はあった。
 二ヶ月間、症状は出なかった。完治したと喜ぶキバナと彼女に、私の仮説を話して聴かせた。残酷だったが、仕方なかった。全てを聴いたキバナは「ふたりにしてくれ」とわたしと看護師にいった。私たちはその通りにした。
 小一時間後、キバナは部屋から出てきた。「オレのせいだったんだな」と私にいい、続けて「オレがアイツの側にずっといればいいんだろ?」と訊いた。私は頷いた。
 暫くして彼女は退院した。身体のどこにも花弁はなかった。
 彼女についての論文をまとめているとまるでファンタジー小説のようだった。馬鹿馬鹿しかったが書き上げるしかなかったので、そうした。学会で発表するのが怖かった。息抜きにテレビをつけると、キバナが目に飛び込んできた。〈稀代のプレイボーイ、とうとう結婚〉のテロップを見て、私は彼女の美しい横顔を思い出した。

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