×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




アクイレギアの恋



 性格の捻じ曲がった同業者ばかりのなか、彼女は異端だった。純粋無垢で疑うことを知らない、ノーと言わずいつもニコニコとすべてを受け入れる。頭が悪いなと思ったものだ。この世界は我が強くないと生き残れないのに。案の定彼女はトラブル体質でレーベルやファンと揉めることが多かった。そんなときも困った風に笑ってなんとか誰も傷つかないようにことを収めようとする。勿論そんなことはなかなかできないのでおれは見かけるたびにアドバイスをしたり話を聞いてやったりした。
 その日の話題は彼女に熱烈に恋しているファンの話だった。ライブのたびに高価なプレゼントを贈ってくる、最寄り駅までついてくる、ストーカー紛いのそれを彼女は「ちょっと困ったひと」などと優しく呼ばわった。おれは彼女のことを愚昧だなと思っていたが、同時にそんな彼女を愛しく思っていた。こんなときにおれを頼ってくれるのだから彼女もそれなりにおれに好意を持っているに違いない。ほとんど恋人同士に近かったが、おれは自ら愚昧な女に好意を伝えることを選べなかった。それは倨傲であり、同時に畏怖でもあった。もし優しい彼女にはっきりと拒否されてしまえば、おれはどうなってしまうか分からなかった。だから自分からはっきり言うというのは最初から選択肢になかった。何度目かの「ちょっと困ったひと」の相談のとき、おれはとてもシンプルなリングを彼女に渡した。「妹に選んでもらいました。それを薬指につけてみてはどうでしょうか」「わ、ネズくん頭いいね」きっと「ちょっと困ったひと」は傷つくかもしれないが、形としてそういうものがあれば露骨な愛情表現も減るはずだ。マリィに選んでもらった装飾のないほんとうにシンプルなリングは、おれも薬指につけた。彼女にそのことは言わなかった。
 帰りは最寄り駅まで送った。じゃあまたとにこやかに別れようとすると「その男なんだよ!」と金切り声がした。振り向くとたぶん「ちょっと困ったひと」が息を荒げてこちらを見ていた。「ネズなんかと、なにしてんだよ」おれを知っていてくれたとは、光栄ですね。おろおろする彼女を宥めて、おれは「困ったひと」に向かった。そして彼にしか聞こえない声で「あれはおれの大事なひとです」と言った。「あまり困らせないでください」と少し語気を荒げると呆気なく「困ったひと」は逃げて行った
。リングが効いたのかもしれない。なんにせよ確かに「ちょっと」だけ「困ったひと」だった。「ありがとうネズくん」不安げに口元を押さえる指先には、キラリと光るシルバーのリング。おれは自分も揃いのものをつけていることを悟られないように、手を振って見送った。
 夕方、練習風景をSNSにアップした。マイクを掴む腕先の写真には確かにシルバーのリングが映り込んだ。同じ頃、彼女も新曲のジャケットを持った写真をアップした。左の薬指にはしっかり揃いのリングが光っていた。
 思った通り、お互いのファンは小さな、しかし大きな共通点を見つけて大騒ぎした。きちんと同じデザインか検証する者、今日のふたりの目撃証言、一晩でおれたちは「似合いのふたり」に仕立て上げられていた。「ちょっと困ったひと」はもういないようだった。
 普段メディア対応などシカトしているせいでおれの許に取材はなかったが、彼女は電話取材でおれのことを「大切なひとです」と言った。どうとでも捉えられるその表現を、メディアは恋人宣言と見做した。おれを傷つけないようにした言葉が、おれたちをすっかり恋人同士にしてしまった。
「なんだか、すみません」
 優しい彼女は困った風に笑った。
「おれ、嫌じゃないですよ」
 自分から画策しておいて、よくそんなことが言えるものだ。むしろ嬉しくてたまらないというのに。
「もし本当なら、正式にお付き合いしてほしいです」
 順番がおかしくなってごめんなさい、と彼女は丁寧に謝った。どこまでも優しい彼女がとても愛しくて、なにも言わず抱き締めた。やっと手に入れた。やっと。不遜で臆病なおれは、とても愚かなやり方で彼女を手に入れた。

- - - - - -