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サーチライト



「あなたはわたしの神様」
 なんて彼女は言った。出会った当時、おれは随分「尖って」いたもので、脳髄から吐き出される呪詛を歌詞にして叫んでいたものだ。分かるやつだけ分かればいい、そう思いながら薄暗いライブハウスで喚いた。
「おめーの歌詞わかんねーんだよ」
 ごく稀にサポートを頼むとき、キバナはそう文句を言った。
「文豪気取りか? なんか賞でも欲しいのか?」
 と何度もおれを煽った。「尖って」いたので、それについては喧嘩も一頻りした。おれは書かないと生きていけないんです。お前に分かられなくても結構。黙ってベースを弾いていろ。おれの曲は誰かの救済になり得るのだから、きっと。
「へえ、お前、何様のつもりだよ」
 分かるやつというのは不思議なことに一定数いるもので、おれはカルト的な人気を得ていた。彼女も信者のひとりだった。自分で切ったジグザグの前髪、いつもだらしなく開いている唇、煙草を挟む細い指先、死にたがりや。すぐに道を踏み外して死んでしまいそうな儚い彼女。薄暗いライブハウスのなか、彼女はいつも最前列で白い指先でおれに触れようとしていた。それは目の見えない人間が手探りで歩くようだった。この世にはその気もないのにこの世を恨んでしまう人間はいるもので、おれも彼女もそのひとりのように思えた。たくさんいるオーディエンスのなかで、どうして彼女だけ見つけられたのか、それはきっと、運命というやつなのだろう。
 彼女は「神様」に愛されることにとても戸惑っていた。おれはどうしても彼女の気を引きたくて、愛されたくて、でもどうすることもできなかったので彼女への詞を書いた。子供騙しの歌だ。愛しているを言葉を変えて何度も書いた。死にたがりやのために世界の美しさを説いたり、切りすぎた前髪の愛しさを語ったりした。
「最近なんだかマトモだな」
 ヒットチャートに続々と名を連ねるおれを見て、キバナはからかうように言った。
「随分普通のラブソング書くじゃん。反省でもしたのか?」
 普通のラブソングは売れに売れ、ラジオやテレビによく出されるようになった。いままでおれの曲なんて聞いたことなさそうな男女がおれの曲を褒めちぎった。そしておれはその頃大規模のコンサートを成功させた。普段の数十倍も大きい施設で喝采とスポットライトを浴びることはたまらなく気持ちが悪かった。おれには小さいハコで薄暗がりのなか喚くのがお似合いなのに。
 同じ頃、彼女はだんだん姿を見せなくなった。連絡をしても返事は来ない。何度も電話をかけると「ネズ、最近変わったよね」とだけ言って一方的に切られた。
 そして流行は去り、おれにはなにもなくなっていた。
 詩人というのは哀れに死ぬという。繊細な言葉を吐き出すだけ掃き出して、呆気なく死ぬのだ。リルケのように。
「まぁ世の中拗ねるような歳でもねぇよな」
 キバナのからかいは呪いのように反芻された。おれはもう一度「尖って」いた頃のおれになりたかった。なにもできないので、歌うことと物を書くことしかできなかった。だから、またそれを繰り返した。愛に溺れた自分を憎んで、愛というものの罪深さを呪った、おれには愛など必要なかったのだと。
「今度の芸風はなんだ?」
 そうしてキバナに揶揄された歌詞はかつての信者たちにまた届き始めた。彼らはいままでいったいどこに隠れていたのだろう。
 久しぶりのホームタウンでのライブは心地が良かった。ヒットソングなんてひとつも歌わない、おれの独りよがりなライブだった。だがオーディエンスは歓喜に沸いた。おれは何様でもない、なにも欲しくない、ただ、この世を燃やせることができればいいのだ。柄の悪い喝采のなか、おれは陶酔した。そして、溺れるような指先を見つけた。ああ、見つけた。彼女は、おれが照らして、見つけてやらないといけなかったんですね。彼女だけじゃない、その他のお前たちも。おれがサーチライトになって道を照らしてやらないと、どこへも行けないひとたちだったんですね。
 いいでしょう、おれはこれからもお前たちだけを照らし続けます、おれがどうなろうと、お前たちをいいところに連れて行ってあげます。
 おれには愛は要らなかった。あってはいけなかった。そのためにおれが不幸であろうとも、彼女が幸福にやっていけるなら喜んでサーチライトのままでいます。これがそういう運命なので、おれのことは忘れてくれてもかまいません。哀れな詩人が残したものを、お前は道標に生きてください。
「あなたはわたしの神様」
 違います、サーチライトですよ、お前を照らし続ける哀れなサーチライトです。切れてしまうまで照らし続けるから、死にたがりは首吊る代わりにタイトロープを危なげなく渡って行くように。ライトとロープは永遠に交わらないけれど、それでいい。それでいいから、いつまでも照らさせてくださいね。

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