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愛のニルヴァーナ



 愛されることはとても心地よかった。愛に飢えていたのかもしれない。とにかくわたしは求められることにめっぽう弱く、キバナさんの異常な愛情に絆されて恋人になった。彼の恋人でいることは大層幸せなことで、穏やかな海にいられるような気分にさせてくれた。くらげみたいに、揺蕩うわたし。
 あのネズさんに会えると知った時、愛される者の役得だなと喜んだ。わたしが喜ぶとキバナさんも喜ぶ。幸せなふたりだった。それがよくなかったのだけれど。
 とにかく、わたしとネズさんは出会ってしまった。事故だった。だってわたしたちは一目見た瞬間から、愛の迷子になってしまったのだから。そしてわたしは甘くて、ネズさんはわたしを愛してくれると思っていた。初めて雪が降ったあの日。
 初めて抱かれたのは、雪がそれなりに積もった寒い日だった。キバナさんの目を盗んで、わたしはひとりでネズさんのお家に転がり込んだ。なんて理由をつけたかなんて、忘れちゃった。愛してくれていると思っていたから、多少言葉がなくても通じ合えると思った。
 ところが、ネズさんはわたしをみてひどく動揺していた。わたしが欲しいなら淡々と抱けばいいのに、ひどく感情的に、恐らく泣きながらわたしを抱いた。
 そのとき気づいた。彼は愛されたいのだと。不器用な彼は愛を与えることはできても、愛されることはできなかったのだと。
 わたしは困惑した。
 愛されることに慣れたこの身体は、積極的に誰かを愛したことが殆どないのだ。
「帰らないで下さい」
 抱きしめられる腕に力がこもる。
「帰らないで」
 その言葉が「愛して欲しい」に聞こえた。無理です、と応えられるほどわたしは強くない。
 愛されることはなににも変えがたい幸福だ。
 いまわたしはキバナさんに愛されていて、ネズさんに愛を求められている。身体が張り裂けそうだ。ネズさんは決して押し付けがましいことをいわない。「こんなに愛してるんだから、愛して欲しい」なんて絶対にいわない。それも、わたしを戸惑わせた。どうせなら力で良いようにしてほしい。だって、わたしは自分の意思が殆どないのだもの。
 愛されて、流される、そういう人生だった。
 いつもより遅く帰った日、キバナさんはやけに上機嫌にみえた。そしてわたしは気づく。幸せなふたりは、いなくなってしまったのだと。平生を装うキバナさんが怖くて、シャワー室に逃げ込んだ。ネズさんが触れた肌、彼の匂い、全てを洗い流したくて。
「オレもー」
 がらりと乱暴にドアが開き、キバナさんが乱入してきた。悲鳴に似た声が出た。「別にいいだろ、恋人同士なんだから」その言葉がちくりと刺さる。
「ん……」
 唇を食むような熱いキス。分厚い胸板に抱き寄せられて、流れっぱなしのシャワーが背中を濡らす。キバナさんはキスが上手い。身体の奥までじんと痺れて、頭が使い物にならなくなる。
 骨まで愛されるってたぶんこういうこと。
 同じだけネズさんを愛せるかと聞かれたら、わたしは黙って首を横に振る。
 愛されることはとても心地いい。それを知っているから、愛することの重大さに耐えられないのだ。わたしが彼を愛してしまったら、たぶん世界は壊れてしまう。
 けれどそんなネズさんにさようならができないわたしもいて、愛というものの厄介さに頭が痛くなるのだった。
 わたしはたぶん、明日もネズさんに抱かれにいく。愛される気分を味わうために。愛は、たくさんあった方がいいから。
 
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