海に来た。四月の風は強くて温かった。お前とおれは手を繋いで埠頭に座っている。裸足の爪先をまだ冷たい海に浸して、思い出話をした。 「初めてのデート覚えてる?」 「植物園でしたね」 「初めてキスした日、覚えてる?」 「おまえの誕生日でしたっけ」 「違うよ、ネズの誕生日だよ」 「じゃあ初めてお前がおれにくれたプレゼントは?」 「わたしがすきな香水」 「さすが」 「海も何度も来たね」 「近いですからね」 「冬の海、すきだったなあ」 「お前、一昨年の夏に溺れましたよね」 「それいつまで言うの?」 「今日で最後ですよ」 ちゃぷん、と波が揺れる。白い波がレースのようにお前の足首を飾った。お前は繋いだ手に力を込める。 「怖いですか?」 「……全然」 「おれは怖いですよ」 「……わたしだって怖いよ」 「お揃いですね」 「うん、お揃い」 おれたちは同時に立ち上がった。ほら見て、とお前はカーディガンのポケットを見せる。 「石、入れてきた」 「そんな小さいの、意味あるんですかね」 「ないよりマシだよ」 もう一度、強く手を繋ぐ。 「次は、いまよりきっとマシだよ」 お前の言葉を合図に、おれたちは海に飛び込んだ。ざばん、と大きな音がして、炭酸水のような細かい泡がおれたちに纏わりつく。赤い糸で結ばれたおれたちは離れない。抱きしめ合って遠ざかる光を見ていた。 肺から最期の酸素を振り絞って、あいしてると言った。お前も同じようにあいしてると言った。 だんだん眠くなってきて、おれたちはしっかり手を繋いだまま落ちてゆく。それは不思議なことに、天に上るような心地がした。 - - - - - - |