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愛のニルヴァーナ



 愛は奪うもの。オレはそうして生きてきた。いま横にいる可愛い彼女も一目惚れから始まって愛を勝ち取ってみせた。押して駄目なら引いてみて、最後は彼女の弱さにつけこんで奪い取ったといってもいい。とにかく、愛に関して貪欲だった。自分でもわかる。オレは「愛され」キャラなんだって。だから愛することも得意だし、なんならこの世の全てを愛しているとさえいえる。愛はたくさんあった方がいい。
 だから、猫背で俯いて生きてきたネズの気持ちは全く分からなかった。あの日までは。
 あの日、ネズのサポートをするという話をしたら珍しく彼女が食いついた。曰く、そこまで詳しいわけではないが、ファンだという。そんな自己主張が珍しくて「それなら、一緒に行くか?」と声をかけた。ふたつ返事でオーケーされたのも珍しく、オレは彼女を見せびらかしたい気持ちもあったので連れて行くことにした。
 道すがら、ファンになったきっかけや、好きな曲を少しずつ教えてくれた。無理やり聞き出したのもあるけれど。
「なんか嫉妬しちまうな」
 彼女ははにかむ。その微笑みはまさにオレが愛した微笑みだった。
 彼女連れてきちゃった、とネズにいったとき、見たことないような不機嫌な顔をされたことを覚えている。常に不機嫌顔だが、いつにも増して地獄から来たみたいな表情だった。舌打ちまでされて、オレってほんとかわいそう。愛されキャラなのに。
 彼女がネズのファンであることを告げ、ライブの打ち合わせを簡単に行った。といっても、ほぼ雑談だ。昼下がりのカフェにはオレたちだけで、彼は滅多に飲まないコーヒーを頼んでいた。
 その時からネズの彼女に対する視線に違和感を覚えていた。オレは愛に敏感だ。見逃すはずがない。いや、わかるよ、ネズ。オレだって一目惚れしたんだから、と声をかけたかった。可愛いだろ、オレの彼女。
「見送りまでしてくれるなんて優しいひとなんだね」
 寂れた街に帰ってゆくネズを振り返りながら、優しい彼女はそういった。だからオレも「暗いけど優しいんだよアイツは」と応えた。
 それから。
 それから少し経って、彼女は外出が増えた。理由は友達と会うから、と普通のもので、確かに彼女は友人が多く、不審に思うことはなかった。初めのうちは。
 おかしいことに感づいたのは知らない香水の匂いがしてから。やけに鼻につくその匂いには心当たりがあった。まさか、ともやっぱり、とも思った。ネズだ。言わずもがな。
 奇妙にも、苛立ちや殺意などはなかった。
 ただ、可笑しかった。
 あのネズが、ひとを愛するって? それも、オレの彼女を?
 初めての感情にぞくぞくする。不安はない。だって彼女が愛しているのはオレだけだという自信があるから。オレを愛しているのにネズに抱かれるのって、どんな気持ちなんだろうか。今日も遅めに帰ってきた彼女の整いきっていない髪型を眺めながら思い入る。
「シャワー浴びてきたら?」
 びくりと震える小さな肩。可笑しくて仕方ない。ごまかせているつもりなのだろう、きっと。皺だらけのシャツ、プリーツの乱れたスカート、それからやっぱり香水の香り。
「うん、ありがとう」
 また恥ずかしそうに微笑む。勘違いじゃない。確かに彼女はオレを愛している。
 きっとネズは情けなく、彼女に愛を求めているのだ。愛されたい愛されたい愛されたいどうしても。背中がそういっていた。
「愛してるよ」
 唐突に声をかけてみた。
「……キバナさんってすぐそういうよね」
「ほんとだから」
 他人が焦がれているものを愛して、しかもそれに愛されているのは気分がいい。
 今日も骨まで愛してあげる。オレのかわいい恋人。ネズのところに行ってたって許してあげるよ。オレは君を愛しているから。

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