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アンダルシアの夜



 そんなつもりじゃなかった。
 将来に悩んでいるという彼女のために行きつけのバーで話を聞いていた。年の功だ、なんでも聞きなさいというと彼女は安心したように微笑んでノンアルコールのカクテルを飲んだ。彼女の悩みは可愛いものだった。ぼくはアドバイスをするというよりも終始同意することで彼女の緊張を解してやっていた。全てを話し終える頃、彼女は「気分が楽になりました」といって目の前のカクテルを一気に飲み干した。
「あ、それはぼくの、」
 ついさっき頼んだアンダルシアだった。彼女は慌てて「ごめんなさい」と言って「喉が痛い」と苦笑いした。
「気にしないでいいよ。アンダルシア、もう一杯」
 特にこだわりがあるわけではなかったが、同じものを頼んだ。彼女が飲んだものと同じものを飲みたかったのかもしれない。
「カブさんといると安心します」
「そうかい、嬉しいね」
 親子ほど歳が離れているのだから当然だろう。ちょっとやそっとでは動じないくらいの人生経験はある。例えば、目の前の女性がへべれけになっていたとしても。
「ほら、終電が近いよ」
「カブさーん、まだ飲みましょうよー」
 参った。酒癖が悪い方だったのか。さっきのカクテルのせいに違いない、耳まで真っ赤になって、テーブルに突っ伏して脚をじたばたさせている。「甘いカクテルくださーい」とバーテンダーに小声で頼んで、帰らせようとするぼくの腕を振り払い指を掴んだ。
「ねえ、カブさん」
 潤んだ目がこちらを見ている。
「わたしまだ、帰りたくない」
 掴まれた人差し指が燃えるように熱い。
 ああ、ぼくは、そんなつもりじゃなかったのに。
 気がつくと酒に溺れたふたりは駅近のホテルでお互いの身体を重ねていた。久しぶりの感覚に我を忘れて彼女の身体を貪る。アルコールの酩酊でぼやけた頭が欲望を一層駆り立てた。カブさん、カブさん、と彼女は幾度もぼくの名前を呼んだ。腰を動かすたび、キスをするたび、ぼくの名を呼んだ。
 もしかしたら相談をしたいというのは罠で、最初からこうするつもりだったのかもしれない。
 もしかしたら相談を聞くというのは言い訳で、最初からこうなりたかったのかもしれない。
 ぼくたちは盛りのついた獣みたいに何度も交わった。「帰りたくない」ぼくにしがみつきながら彼女は言った。「帰さないよ」柄にもなくそう囁いてみる。ぼくにしがみつく力が強くなった。「ぼくも帰りたくないんだ」帰れないふたりは汗だくで笑い合う。そして酒の力を借りなければこんなことができないぼくたちを嘲笑うように、刻々と朝は迫っていた。

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