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Innocent World



 妹が彼女を連れてやってきた。
「アニキには紹介したかったけん」
 その子はマリィと同い年。大きめのニットがよく似合う、子羊のような子だった。
 ふたりは手を繋いでいて、揃いの指輪をしていた。
「はじめまして、ネズといいます」
 おれは無難な挨拶をした。
「は、はじめまして。いつも音楽聴いています」
 彼女の震える声に、マリィが「大丈夫」とでもいうように彼女の横顔を見る。おれって萎縮されるほど怖い顔、してましたかね。してるかもしれないですね。
「コーヒーでも淹れましょうか」
「あたし、ココアがいい」
「わたしもココアで」
 甘いもの好きまでお揃いだ。おれは戸棚の奥からココアを引っ張り出して準備する。
 マリィの恋人はずっとそわそわしていた。初めての家で家族を紹介されて戸惑わない方がおかしいだろう。特におれだ。偏屈なへそ曲がりとでも思われているに違いない。
「どこで知り合ったんですか」
 ことり、テーブルにマグカップをふたつ置く音。
「図書館で」
「読みたい本に手を伸ばしたらお互いの手が被さって」
「そこから仲良くなって」
「連絡を頻繁に取るようになって」
「いまでは恋人」
 ふたりは矢継ぎ早に説明してくれる。そんなに捲し立てなくてもおれは逃げませんよ。自分の分のブラックコーヒーを飲んで、言葉を探す。ふたりは見た目こそ正反対に見えたが、無邪気な中身は同じに見えた。似たもの同士、一緒にいると心地がいいんだろう。
「それで?」
 訊いてからしまったと思う。冷たく聞こえたかもしれない。
「おれに紹介したってことは、なにかあるんでしょう」
 マリィはきゅっと唇を結んだ。
「あの、マリィたち、一緒に住もうと思って」
「いいですね、もう物件は決めてありますか?」
 ふたりはきょとんとした。
「えっと、あの、」
「わたしたち恋人同士なんです、それで、」
「いいよ、マリィが話す」
 ふたりはふたりだけの世界でなにか揉めている。
「いいですよ、言いたくねぇことは話さなくても。恋人同士なのは見ていたら分かります。おれは大人なので」
「……女の子だよ?」
「それがどうしたっていうんです」
 またしまったと思う。突き放したように聞こえたかもしれない。フォローする言葉を考えていると、マリィが小声で「アニキ、気づいてたん?」といった。女の子がすきなこと、ですか? それは気づいていませんでした。
「すきなひとがいるのはいいことです。保証人になれるかは分かりませんが、おれもなにかは手伝ってあげますよ」
 子羊のような彼女はわあっと顔を綻ばせた。マリィは涙目でおれを見ている。
「怒られるとでも思いましたか?」
「……ちょっとだけ」
「お前はアニキを分かってねぇです」
 彼女たちの葛藤はよく分かる。分かるが、そんなものどうってことない。すきになったものはすきなのだから仕方ない。異性だろうが同性だろうが、恋する気持ちに変わりはない。だからおれも、普通の対応をする。
「ふたりだけの世界、大切にしてください」
 コーヒーを飲み干して、おれは下手くそな笑顔を作る。
 マリィとその彼女は顔を見合わせて笑った。テーブルの下ではたぶん手を繋いでいる。
 アニキの前で堂々といちゃつくのは、ちょっとだけよしてほしいですね。

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