少し前までネズは手の届かない大スターで、大勢に囲まれていた。そんななか偶然、あるいは必然的にわたしを見つけ、恋して、そしていまわたしの膝枕で寝ている。 ここまで何回の夜を飛び越えただろう。 元々わたしはネズのファンだった。神様だとさえ思っていた。エール団よろしくネズのグッズを身につけて、ライブに通って、出待ちまでした。それを繰り返していると彼に覚えられて連絡先をもらった。あの日のドキドキは忘れようにも忘れられない。そこから先はとんとん拍子だ。メッセージのやり取り、デート、シンプルな告白、そして合鍵。 初めは悪質なドッキリかと疑ったものだ。でもネズは誠実で、ひとつひとつの段階をきちんとこなしていった。 あれからネズはラブソングが増えた。概ね好評で、わたしは誰にも知られていない恋が街中で流れることに少々居心地悪く感じたが、同時に優越感も得ていた。 いま膝の上ですうすうと寝息を立てている彼を見ると、何万人ものスターには見えないくらい少年らしく感じる。こんな寝顔を見られるのはわたしだけだ。 ただ、あの日崇めた神様は、もうそこにいなかった。恋人らしくなってからもうずいぶん経つ。ネズはわたしに尽くしてくれたから、わたしもそれに応えた。神様がわたしに尽くすのは、とてもおかしく思えた。だってわたしが仕える側で、彼には高みにいて欲しかったから。 なんだか、変だなと思う。 もちろんネズのことは大好きだ。愛しているに違いない。だけれど、恋人関係は違うように感じた。 思うに、わたしはわたしなんかに振り向かないネズがすきだったのだ。スターは、石ころには目を向けない。さあれども、彼はわたしを見つけてしまった。好きです、愛しています、の言葉さえくれた。 こんな予定じゃなかったのにな、と思う。 予想外の幸せにわたしはずっと動揺している。 ふんわりとしたネズの髪を、猫にそうするように撫ぜてみた。柔らかくて、気持ちがいい。 「……どうかしましたか」 目を閉じたまま、ネズはその手を絡めとる。そんな仕草にも、まだいちいちどきりとする。だって彼はわたしのスターのままなのだから。 「なんでもない」 また目を瞑ったまま、彼は微笑んだ。 予想外の小さい幸せを噛み締める。慣れていかないといけないな、と思いながらわたしは彼にキスをした。わたしからするのは初めてだった。 ネズは驚いたように目を開ける。 「ネズ、すき」 「おれもです」 こんな細やかな幸せが、少し怖い。 案外簡単に手に入ってしまった幸せが、繋いだ手の隙間からこぼれ落ちそうで。 けれど繋ぐ手にぎゅっと力を入れるネズがいる限り、わたしたちはこのままなのだろう。神様と一緒にいることは不安もあるけれど、なによりの幸福だ。いままでもこれからも、わたしは彼のいちばんのファンなのだ。 - - - - - - |