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幕開けα



 ラバーソール、リストバンド、ラバーバンド、缶バッジがたくさんついたニット帽(どうせライブ中は脱ぐのに)。戦闘準備は完璧。整理番号は余裕の一桁。今日の箱は小さいから、厚底を履いていればきっと目立って見えるはず。わたしは電車の中でチケットを眺めながら新しいアルバムのおさらいをする。安いイヤホンから流れるのはわたしの神様の声だ。神様? いいや悪魔かもしれない。少なくともライブ中の彼は小悪魔。じとりとした眼がわたしを捕らえて離さない。
 わたしはわたし。わたしは誰だっていい。カナでもマチコでもコマコでも、誰でもいい。わたしが誰かはネズさんが決める。いままでそうだったし、これからもそう。
 ごとん、車両が軽く揺れた。馴染みの駅に到着だ。中央口を出てまっすぐ道なり、身体が覚えているルート。いつもひとりでこの道を歩くから、ライブハウス以外になにがあるかは全く覚えていないという不思議もある。そういえばみんな、ライブ後に友達とお茶したりご飯食べたりするのかな。友達がいないからわからないや。
 10分も歩けば目的地。相変わらずイヤホンからは啓示の歌が聴こえる。もうすぐ彼を間近に観られる。前のライブはいつだったっけ、ついこの間だったような、随分前だったような。本当は毎日ライブがあってもいいくらいなのに。ライブハウスに足を踏み入れればそこは見知った人ばかり。みんな、同じような格好ばかりしている。大丈夫、今日もわたしは目立っていてかわいい。ステージ上からも無視できないかわいさ。念のため、持っているものばかりの物販も覗いておこうかな。

「オリジナルTシャツ新しくできたんですよ〜!」

すっかり仲良くなってしまったスタッフさんが嬉しそうに話しかけてきた。「一色で、サイズ展開はこれだけあります〜」間延びした話し方で頼んでもないのにTシャツを積んでくれる。あ、あんまり好きなデザインじゃない……ユニフォーム風のデザイン、きっとネズさんじゃない誰かがしたんだろう。でもわたしは買ってしまうのだ。Mくださいと笑顔でお金を差し出す。すぐに着ちゃうので袋はいらないです!
 それからチケットを提示してドリンク代を投げ入れて、慌てて地下に急ぐ。最前は譲れない。あわよくばセンターだって誰にも渡したくない。ああ階段を降りながらTシャツを着るのって難儀だ。
 重いドアを開ける。

「いちばんだ!」

 馬鹿みたいに大きな声が出た。誰もいないライブハウス! これが初めてではないけれどやっぱり嬉しいものは嬉しい。ドリンク交換するひまがあるならとっとと中に入れというマイルールのおかげだ。
 開演まであと1時間。わたしは最前のセンターで座り込んでスマホをいじる。話す友達もいないし、お絵かきアプリで無意味に猫なんて描いたり消したりして。いろんな猫を描く、消す、描く、消す、たまに新譜の歌詞を確認する。そうしているうちに左右後ろがどんどん賑やかになってきた。賑やかが最高潮になったころ、それに呼応するようにどんどん暗くなってきて、ああ始まる、ネズさんのショーが始まる。もう何回も、たぶん何十回も観てきたはずなのにどきどきするのは、間違いじゃない。
 暗転。
 いつものサポートメンバーが楽器を鳴らす。歓声が上がる。
 スポットライト。

「ネズさんっ!」

 わたしの声が弾けた。
 ステージ上でツートンカラーの小悪魔がニィと笑う。

「やあみんな、今日も暇なの?」


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