「友達友達」 「飲みに行っただけ」 「んだよ、そんなに怒ることか?」 彼女に黙って女とふたりで飲みに行くか、ふつう。 わたしはキバナのスマホを勢いよく床に叩きつけた。派手な音がして、液晶画面が粉々になる。ああ証拠隠滅に加担しちゃったな。でも知らないの女から〈昨日はありがとう、楽しかった、またね〉なんてハートマーク付きのメッセージを受信しているのを見たら叩き割りたくもなる。 わたしを制するキバナの目も手も腕も、きっと知らない女を抱いたんだ。想像がつく。コイツはすぐに手を出すんだ。なんでわかるかって、わたしがそうして絆されてきたから。 「へえ友達」 「飲んだだけ?」 「疚しいことがないならなんでそんなに必死に言い訳してんの」 だからわたしは努めて冷静にキバナを責める。すると途端にキバナはそわそわし始めて「ほんとに友達なんだよ」とひび割れたスマホを一生懸命タップして「友達である証拠」の「浮気でない証拠」を出そうとしている。虚しいかな、めちゃくちゃになったディスプレイはもうなにも映さない。 「友達ならわたしから連絡してもいいよね」 「いやその、急だからさ」 目を泳がせながらそういう彼は、もう本当にどうしようもない。 浮気してない証拠なんて悪魔の証明だ。なにをいわれても納得するわけがない。 目の前で必死に言い訳をするキバナを見ていると、死ぬ間際に見る走馬灯のような映像が脳を走った。初めてのデート、初めてのセックス、合鍵を作った日、などなど。 ああなんか、どうでもよくなっちゃったな。 キバナは身振り手振りを交えてまだ言い訳をしている。もうなにも聞こえない。ただ目の前でキバナが動いているだけ。浅ましい男が、口と手を動かしているだけ。 どうでもいいな、理性がない男なんて。 急に気持ち悪くなっちゃったな、キバナのこと。 「触んないで」 わたしの肩を掴む手を振り払って、逆に思いっきり頬を叩く。乾いた音がした。キバナを叩かれた頬を押さえて「これで気が済んだだろ」とでもいいたそうな顔をした。ふざけるな。いま触れたのだって後悔しているくらい、わたしはお前を気持ち悪いと思っている。 わたしはポケットから合鍵を出した。 「返す。もう要らない。じゃさよなら」 キバナは一瞬ぽかんとして、それから顔を歪めた。 「なんでだよ」 なんでもクソも、あんたがいちばん分かってるじゃん。 「オレ、お前がいないと駄目なんだよ」 そして目から大粒の涙を流し始めた。 「なあ、それだけはやめてくれ」 目が手が腕がわたしを引き留めようと必死にもがく。わたしはそれを躱してさっさと玄関に向かった。 「悪かったって、もう二度としない、だから、なあ」 泣いて縋るくらいなら初めからしなければいい。生憎わたしは「仕方ないひとねえ」とかいって受け入れるほど聖母じみた女じゃないのだ。 見捨てられた犬のように必死に縋るキバナは「友達」とやらに見せたいくらい哀れだ。 死ね、といいたいのを堪えて笑顔で「さよなら」という。せめてもの意趣返しだ。この笑顔を脳裏に焼き付けて、一生後悔するといい。一生わたしのことを覚えていられれば、だけど。 - - - - - - |