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ブラウン管の花嫁



 君のために新調された五十インチのテレビのなか、君は白い歯を見せて微笑みながら歌っている。陳腐な歌詞、キャッチーなリズム、ありきたりなアイドルソングを歌わされる君は、アイドルを完璧に演じる舞台名もない女優。大勢のグループのなか埋もれそうなほど顔も声も小さくて、でも見つけてくれるひとにはしっかりはにかむ女優。そう君は大衆向けのグループのなかでも異質な、僕だけの女神。
「わたし人気ないんですよね」
 先日の握手会で自虐的にそう言ったのをよく覚えている。それでも僕だけはずっとずっと君の味方だよ。そう伝えて、君の大切な一瞬を切り取るチェキを撮った。それは日陰の部屋でもキラキラと輝いて見えた。君の一瞬に僕が刻まれるのが嬉しくて、なんどもチェキを撮った。握手もした。君はしっかり、早くから僕のことを覚えてくれた。
「いつもありがとう」
 笑顔に溢れる白い歯がとてもすきで、対面すると笑わせたくなる。人見知りの僕だけど君のために会話やジョークの練習を何度もした。君は何度も笑った。僕たちは数え切れないくらいの一瞬をいくつも共にした。
 午前三時の短いテレビショー。グループ名が冠されたそれは使い古されたアイドル番組。君は雛壇の三段目でいつもつまらなそうな顔をしている。やっぱり、歌って踊っていないと君じゃないよね、僕は知ってる。
「いつか舞台で主演してみたいんだ」
 こっそり教えてくれたこと、きちんと覚えてるよ。そしたら僕はどんな関係者より大きい花を贈るよって言った。君は笑った。僕はつまらない番組を見ながら、テレビをつけっぱなしでそのまま寝た。君の夢を見た。
〈おめでたいニュースです!〉
 休みの朝、レポーターの甲高い声に起こされた。
〈国民的アイドルと人気ミュージシャンの結婚です。暗いニュースも多いなか、おめでたいですね〉
 そこに映っていたのは、さっきまで僕の夢で主演していた君だった。君と、よく知ったミュージシャン、ネズの姿があった。僕は慌てて眼鏡をかける。聞き流していただけで、新しい舞台の話かなにか?と思ったから。
〈おふたりは舞台で共演したことがきっかけでお付き合いを始めたそうです〉
 ああその舞台ならよく覚えている。君が初めて舞台に挑戦することになった記念すべきロックショーだ。少しだけの出演だったけど、僕は全ステージ観た。何度も君の花嫁姿を見た。円盤だって買った。液晶に映る君の花嫁姿は、一瞬だけでも確かに僕のものに思えた。
 ネズは舞台の主演だった。演技は下手くそだったけれど歌唱力は確かなもので、僕はサントラを何枚か買った。何度も聴いた。君の花嫁姿をリフレインするために。
 それなのに。
 それだから。
 いま君は液晶画面に花嫁姿で映っている。はにかみながら口元を隠して「恥ずかしいです」と消え入りそうな声で言っている。隣に立つネズは見たこともないような優しい表情。新郎らしい格好もしている。
 僕は震える手でテレビの電源を落とす。寝起きの頭には刺激が強すぎた。
 君は僕だけの花嫁だと思っていたのに。
 君の一瞬は僕だけのものだと思っていたのに。
 ネズなんかにあんな微笑みを見せるのかい。歯を見せて笑うのかい。内緒の話、したのかい。
 君は僕の一瞬ばかり奪って、自分だけ永遠の幸せを手に入れようというのかい。
 僕はふらつく脚をなんとか持ち上げて、ベッド横に貼っていた君のポスターを破った。雑誌も破った。CDは少し苦労したけど庭で燃やすことにした。
 僕だけの主演女優だと思ったのに。
 もう二度と観ない出演舞台のDVDを火にくべながら、僕は泣く。
「いつもありがとう」
 二度と聴かない言葉を思い返しながら、僕は泣く。
 こんなことなら君を知らなければよかった。永遠にテレビのなかのひとでいてほしかった。身勝手な僕は泣きながら、まだ君を想う。きっとあの歯を見せる笑顔は僕だけのもの、内緒の話も僕だけのもの。結婚というステージに立つ君に幸あれ。

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