喧嘩をした次の日の朝、 「映画を観に行きましょう」 とネズはわたしの手を取った。わたしはまだ拗ねていたのでその手を握り返すこともせず、ただ黙ってなすがままにされた。子どもっぽいと思う。でも、今回の喧嘩は決してわたしは悪くない。 「いま観たい映画ない」 と文句を言うと 「観せたい映画があるんです」 と返ってきた。 わたしたちは道中無言で手を繋いでいた。少しだけ、傘はいらないくらいの雨が降っていた。じめじめしていてわたしの心模様のようだった。目立つネズはいつも通り帽子にサングラスに上下黒い服。お洒落してデートができないこともわたしたちのなかではしばしば喧嘩になる。それはわたしが大人気ないだけなのだけど。 いつもとは違う電車に乗って知らない道を歩く。こんなところ映畫館があるなんて知らない。わたしはなんとなく彼を伺う。ネズの表情はよく分からないけど、別に怒っているようではなさそうだった。 「ここです」 と指し示されたのは古ぼけた小さな建物だった。前時代から取り残されたような埃っぽい看板、欠伸をしているもぎりの女性。 「昔よく通っていた名画座です」 とネズは言った。そして知らない映画のタイトルを受付で告げてドリンクもポップコーンもなしで場内に案内してくれた。客はわたしたち以外にいなかった。わたしはまだ拗ねていたので勝手に席を決めてどっかり座り込んだ。埃が舞う。ネズはそれを手で払いながら静かに隣に座った。 始まったのはモノクロの古臭い映画だった。知らない国の言葉に、手書きの字幕がついている。普段派手な映画しか観ないものだから新鮮で、悪くいえばさして興味が持てなかった。わたしも欠伸をする。当てつけみたいに。ネズはサングラスをはずし、お腹の上で指を組んでもうスクリーンの世界に埋没しているようだった。だからわたしも仕方なく前を向いて物語に集中する。 海辺の街の物語だった。男と女がいて、恋をしていた。なんてことない流れだった。終盤で男は戦地に赴いた。誇らしそうに輝くふたりの笑顔と、それから女の元に何通も届く手紙、やがて顔色の悪くなる女、手紙の届く頻度が減って、男は小さい木箱になって帰ってきた。泣き崩れる女の姿を最後にフェードアウト。お決まりのストーリーだ。お決まりだから、わたしは泣いた。分かっている展開なのに、泣いた。 立てないでいると、ネズはわたしの顔を覗き込んだ。驚いたことに、彼も鼻の頭を赤くしていた。 「泣きましたね」 「……ネズだって」 「そうです。おれはこの映画を観るといつもい泣いてしまうんですよ」 とあっさり言いのけるから言葉に詰まった。わざわざ泣きに来たの? 「お前なら泣いてくれると思いました」 と言ってネズは目尻を強く擦る。 「だからおれたちは大丈夫です」 喧嘩したこと、かなり気にしてたんだ。わたしはそう気づいて居心地が悪くなる。意地張って馬鹿みたい。 喧嘩の原因はもう忘れたけど、特別な映画を観せてくれたネズ相手にこれ以上拗ねても仕方ない。わたしは小声でごめんなさいを言って、ネズの手を取った。 「大丈夫ですよ」 と、単純な言葉に色々な意味がある気がして、わたしの涙はなかなか止まらない。 「大丈夫でよかった」 とわたしは言ってネズの手を強く握る。 外はもう晴れていた。虹がかかっていて、映画だと出来過ぎだと叩かれるようなシチュエーションだった。わたはまだぐすぐす泣いている。ネズは笑ってわたしの頭を撫でた。 - - - - - - |