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BABY, THE STARS SHINE BRIGHT



 兄の友人で頼れるお姉さん。そして、大切なひと。好きなひと。大好きなひと。あのひとのことを思うと胸の真ん中が熱くなってきゅうっと締め付けられる。初めて会った幼少の砌、あたしの初恋は彼女にあっさり捧げられた。キラキラした目が、あたしを捕らえて離さなかった。男の子を好きになったこともなければ、そもそもひとに恋することがなかったので、女の子を好きになることに抵抗はなかった。いまも、それほどない。
 初めてキスをしたのは、彼女からだった。遊びの延長だった。彼女が飴を舐めていたので「いいな」と言った。他意はなかった。そうしたら彼女はいたずらっぽく笑ってあたしにキスをした。それから「ファーストキスだったら、ごめんね」と言った。その通りだったけれどまったくイヤな感じはせず、むしろ幸せの味がした。あのときの飴は、何味だったか覚えていない。
 だからあの人と兄が付き合い始めたと聞いた時は泣いて泣いて眠れなかった。そうなんだ、大抵のひとは異性を好きになる。彼女はあたしのことも好きだけれど、それは決してラブではなくライクの愛。好ましいと思われていることにまずは感謝すべきなのだろうけれど、貪欲なあたしはもしかしたらと期待していたのかもしれない。兄もあの人も、とても大切なひとたちだ。あたしは大切なひとの大切な関係を壊さないために、この気持ちを胸のずっと奥に秘めておくことに決めた。
「ふう」
 ”姉”は大量のショッパーを抱えて帰ってきた。お洒落な彼女は毎月大量のお洋服を買う。身体はひとつしかないのに。そして一度着たっきりで「飽きちゃった」などと言って「マリィにあげるね」とあたしにお下がりをくれるのだった。彼女の香水は甘くて毒気のある香り。服を貰ったあとは部屋でその匂いに酔いしれる。貰ったって、どうせ似合わないから。あたしの部屋には着ない服が山積みになっている。
「今日はマリィのために買ってきたよ」
「そんな、いいのに」
「だってマリィ可愛いんだもん、着せ替え人形にしたくなる」
 ずきん、と胸の奥が痛む。嬉しい言葉なのに、どうして。
「ちょっと奮発しちゃった」
 そういってピンクのビニールから白くドレッシーなワンピースを出した。丸襟に金色のボタン、胸の切り替えにはシフォンの大きなリボン、トーションレースがふんだんに使われたスカラップの裾、極め付けは大きな姫袖。お姫様みたいなドレスに、あたしは真っ赤になる。姉はそれに気づいているのかいないのか、今度はふわふわのヘッドドレスを取り出した。白いサテンのリボンが煌めく。これを? あたしに? どうして? あたしの胸は今度はドキドキし始める。だってそれは、ウェディングドレスのようだったから。
「じっとしててね」
 姉はクローゼットからコルセットとパニエを引っ張り出してあたしの着付けを始める。コルセットは少し緩いくらいだったので「もうちょっとご飯食べなさいね」とお叱りを頂いた。チュールのパニエは、身に付けるだけで空を飛べそうなくらい大きくて広かった。
 頭からワンピースを被せられて、あたしの意思なんか関係なく着々と着付けが進められる。後ろのリボンをきゅっと結ぶ感じは、恋したときのきゅんと似ていた。ヘッドドレスを結んで貰うとき、顔がとても近づいて卒倒しそうになったのは秘密だ。最後にレースがついたニーハイと、パールが輝くトゥシューズみたいなパンプスを履かされて、あたしの大変身は終わった。
「可愛い」
 姉ははしゃいで、寝室から姿見を持ち出してきた。そこに映るあたしは、紛れもなく恋する花嫁のそれだった。花束でも持っていれば、もっとそれらしかっただろう。
「あの、ありがとう、」
 なんと言えばいいのか分からなくて、縺れる舌でお礼を言った。
「でもこんなの、外に着ていけんから」
 本当はいま着ていることだって恥ずかしくて仕方ない。
 姉はあの目で、またいたずらっぽく笑った。
「いいの、わたしが着せたかっただけだから」
 あたしはいまどんな顔をしているだろう。すっぴんで、きっとひどい顔をしているに違いない。「メイクしておけばよかった」ジョークのつもりで、なんとなく呟いてみた。ジョークになっていたかは分からない。
「うーん、マリィはちょっと顔色が悪いから……」
 姉は笑ったまま、顔を寄せてきた。甘くて、毒気のある香り。すん、と鼻腔を擽る刹那、彼女はあたしにキスをした。柔らかい唇が、あたしの唇を食べるように動く。突然のことにあたしは固まってなにもできない。
「はい、ルージュ分けてあげた」
 姿見には、ほの紅い唇のあたしが映っていた。
 頬が赤くなるのが分かる。
「チークは要らないみたいね」
 姉はあたしの肩に手をおいて、耳元で囁いた。
 ああこのひとは、あたしの恋心を知ったうえで、そんなことをしてしまうんだ。
「女の子は笑顔でいなさい」
 そして、頬にキスをひとつ。
 誰にも祝福されない花嫁は、作り笑いでいまをごまかすしかできなかった。本当は泣き出したかったのに。

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