向こうで着信音がけたたましく鳴り響いている。少しして留守電録音が始まった。 〈マクワ? 今日リーグスタッフさんから連絡あったんだけど仕事サボったんだって? 人に迷惑かけるようなことしちゃダメだからね。それから、〉 ぷつりと音声は途切れる。 母親の声に興醒めして、ぼくは時計を見た。 「もう五時ですよ」 ぼくのしたで汗だくのあなたは「それがどうしたの?」という顔をする。 そうですね、それがどうしたっていうんでしょう。 空き箱と使い終わった避妊具がベッドに散らばっている。部屋のなかには発情した雄と雌のにおいでいっぱいだ。 ぼくたちは昨日出会ったばかり。一目で「ようやく会えた」と分かり合えた。いままでぼくはどんな道草を食っていて、あなたに会うまでこんなに時間をかけていたのでしょう。 いままでの空白を埋めるように、もうずっとこうしている。キスに誘ったのはあなたでしたね。ずるいひとです。ギラリと光る唇は誘蛾灯。ぼくはふらふらと誘われて身を焦がす。 「もうしない?」 首を傾げるあなたは言葉にできないほど可愛くて、そんな顔をされるとまたしたくなってしまう。醒めていたはずのに、ぼくはあなたにキスをして海みたいなシーツに沈めた。あなたは耳元でクスクス笑って喜ぶ。 「もう五時なのにね」 なんだか分からないあなたの言葉にぼくは少し戸惑う。いまからまたあなたの身体を食べ尽くしてしまおうというぼくを制する言葉ですか。 でも、止められてもぼくは止まらない。 「あなたが悪いんです」 こんな、 「あなたが」 急に現れてしまうから。 チャレンジャーが来ることなんて何週間も前から分かってた。親からの電話なんて日常茶飯事。 でも、あなたは急に昨日現れた。 スケジュール、ぼくのリズム、狂いまくり。 もうなにもどうだっていい。 「好きだよマクワくん」 キラキラと輝くあなたの瞳。この瞳のためならなにを犠牲にしてもいい。社会的信用さえも。 このキラキラを永遠にこの部屋に閉じ込めておきたい。この柔らかな身体をいつまでも貪っていたい。 誘蛾灯は誘われた蛾を見てクスクス笑う。燃える羽根見て満足そうに舌舐めずりをする。 そんなところも、どうしようもなく惹かれてしまうんです。 ぼくはやっとあなたに会えたのだから、もうどうだっていいんです。 またスマホが着信をうるさく知らせ始める。ぼくはそれの電源を落として放り投げた。もうなにもぼくを止められない。燃え尽きて死ぬまで。 - - - - - - |