こうみえて健康体だから詳しくは知らない。睡眠薬にもいろいろあるらしい。短時間型から長時間型、甘かったりまずかったり。彼女はいつも大量の薬を飲んでいる。青かったり白かったり、大きかったり小さかったり。それについてはどうでもいい(本当はよくないが)。問題は空になったシートをそこら中に捨てることだ。 「いてて」 ベッドルームから出るやいなや尖ったゴミに足の裏をやられた。転々と睡眠薬の抜け殻が続いている。とりあえずそれに沿ってリビングに顔を出した。案の定部屋の隅にうずくまってぐずぐず泣いている。まだひりつく足の裏をかばいながらおれはそっと肩を抱いた。一度外に出たのか、爪先がうっすら汚れている。本来なら足を拭けとかまず靴を履けとか叱るべきだろう。それをしないのは、おれたちがふつうではないから。 「またたくさん飲みましたね」 「そんなに飲んでない」 爪をいじりながら彼女は応える。いつも決まった爪をいじるものだから小指だけやたら深爪だ。 こうしないと、彼女は壊れてしまう。病院を梯子していろんな睡眠薬と抗不安剤を処方されることだけが生きがい。「わたしなんのために生きてるのか分かんないや」ぼそり、お決まりの台詞。「わたしネズさんのお荷物だよね」これも。 片手で散らばったゴミを集めながら、肩を抱く手に力を込める。心がバラバラだから、せめて身体だけでも離さないように。 「あんまりそういうこというと怒りますよ」 決して抱きついてきたり、手を握り返したりはしない。彼女が信用しているのは薬だけ。 「おれは君がここにいるだけでいいんですから」 窓から陽が差し込む。影はひとつに溶けた。馬鹿な歌うたいなら「君を慰める歌を」などというんだろう、こういう場面で。 「お薬、なくなっちゃった」 彼女は力なく笑う。真っ青な舌が不気味に覗いた。これだけはどうしても慣れない。彼女が知らない生き物に見えてしまう。 「今日いちにち、どうやって生きればいいかな」 縋るものがない人間の顔は空っぽだ。 「おれがいますよ」 こんなこと、オーバードーズのたびにいってきた。必要なら毎晩囁いてあげてもいい。薬のついでに聞いて欲しい。なにせおれが縋るのは彼女の存在だけで、そうやって言い聞かせないと自分が崩れてしまうから。 抗不安剤が効いてきたのか、彼女の眼の光は落ち着いてきた。 「そうね、ネズさんがいるね」 今度は柔らかく手を握り合う。少しずつおれの声が届くといい。 「一緒に病院行きましょうか」 「うん」 「飲み過ぎはいけませんよ」 「ネズさんも、飲んだらいいよ」 いつかふたりが強くなれるまで。 - - - - - - |