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サイコキラーズ・ラブ



「ネズって冷たいよね」
 そういって女は去って行った。おれは反論もできず、鼻の頭をかいただけだった。女を追いかけはしなかった。
 昔からそうだった。ポーカーフェイスを気取っているのではなく、本当になにも感じないのだった。悲しい場面では涙を流し、楽しい場面では笑ってみせる。空気を読んで、自分なりに配慮しているつもりだ。
 けれど誰かと恋人という関係を持つうえではそれらを取り繕うのがとても難しかった。恋人とはほかの人間より距離が近く、一緒に過ごす時間も長くなる。当然、化けの皮はすぐに剥がれて「冷たい」と言われてしまうのだ。
 ひとの痛みを感じることもないが、自分の痛みを感じることもなかった。失恋も、特におれにはなんの影響もなかった。本当は涙のひとつでも流した方がよかったのかもしれない。
 ただ、生きづらさだけはあった。ほかの人間が羨ましく感じるときもあった。そんなときはアルコールでごまかしてさっさと寝てしまうのだった。寝てしまえば誰も傷つけないで済む。二日酔いは人間らしくない自分への罰だった。
 だからあの日お前と出会った瞬間、パズルをやっと見つけたと思った。暗く鈍く輝く瞳はおれと同じだった。ピアスだらけの耳、白い包帯の腕、足元に散らばった薬の殻、血で湿気った煙草に一生懸命火をつけようとする姿はまるでおれを見ているようだった。どの傷も、誰かを傷つけないようにするための自罰なんだろう。おれには分かった。お前もすぐに分かったでしょう。だからおれを見てにこりと笑ったはずです。
「初めまして」
 全く初めての気はしなかった。その日からお前はおれの家に入り浸った。
 お前は家がないと言った。自分を止めてくれるひとを探し求めて漂い、諦めていた。
「ネズが見つけてくれなかったら死んでたかもね」
 おれ以外の誰もお前を理解できない。
「諦めてた」
 お前以外の誰もおれを理解できない。
 優しさとか、愛しさとか、形のないものは難しい。ふたりともいままでに手に入れたことがなかったから。本当にそんなものがあるなら見てみたい。おれたちは頭をひねった。ただ、寂しさだけは分かっていた。お前は夜な夜な涙を流したから。おれが寄り添ってあげないとすぐに自分を傷つける。寂しいなら、おれがそばにいてあげる。もしかしたら一般的な優しさとは違うかもしれないけれど、それがおれにできる精一杯の優しさだ。
「ずっと一緒に生きていきましょう」
 おれは何度もそう言った。
 愛とか恋とかまだ分からないふたりだけど、いま居心地がいいことだけは分かる。もしかしたらこの居心地のよさが愛なのかもしれないけれど、知るには遅すぎた。傷だらけのふたりに、愛と名のつくものは重すぎる。
「ずっとふたりで生きていきましょう」
 そうしたら、ずっとお互い見守りあっていたら、酒も煙草も薬も剃刀もいらないから、きっと。誰かを傷つけることも、自分を傷つけることもなくなるから、きっと。おれたちには夢も未来も希望もないけど、でも、一緒にいることはできるから、きっと。
 もしお前が耐えられなくなったら、おれを傷つければいいから、きっと。

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