いつもよりボリューム多めのマスカラ、つり目がちのアイライン、ピンクのリップ、自分に一番似合うメイクでナンバーワンの女になる。フロアに足を踏み入れれば唸る鼓動。ハートがどきどきと滾り出す。見渡せばいつもと変わらないメンツ、変わらない景色、それといつもより可愛いわたし。今夜もネズのライブだ。開幕までの約三十分、セトリやさっきプレゼントボックスに突っ込んだ服のことなんかを考えて過ごす。着てくれるといいな、でもそれをどうやったら確かめられるのかな、なんていつもお決まりの悩み事。 ステージが暗転、スポットライト、愛しいひとの姿。 「ネズ!」 聞こえているかなんて関係ない。わたしはネズを想うすべてをぶちまける。 「ネズ!」 唸る鼓動。ネズが色っぽい、でも熱い流し目でわたしのいる方向を見やる。どうしてそんなことするの、好きが止まらなくなっちゃうじゃん。 「ネズ!」 視線の乱れ撃ちでわたしはまたあなたを好きになる。ああ世界でいちばん好き。こんなにわたしはネズが好きなんだから、ネズだってわたしのことを好きに決まってる。 「今日は少し暴れてやりましょうかね」 そういってネズは勢いよくダイブしてきた。 わたしの胸に飛び込んできたネズは見た目通り細くて頼りなくて、でもしっかりと男の人のにおいがした。これは夢? 死んでもいいかも! 顔と顔が近づいて、キスできそう。目と目がしっかり合って、ああ神様! 時間を止めて! いま死んでもいいから! もみくちゃにされながらネズが遠のいていく。ねえいまわたしのこと見たよね? わたしのこと、やっぱり好きなの? ねえねえ、神様、もう一度だけチャンスをちょうだい! 「大好き!」 わたしの叫びはその他大勢のオーディエンスの声にかき消される。 「大好き!」 神様もう少しだけ夢を見させて! 「ああ神様!」 わたしの祈りは熱狂の渦に揉まれて消える。 でもそれでいいんだ。ライブは続く。もう少し、まだまだ、もっと、チャンスはあるはず。 また最強に可愛いわたしを準備してネズを待ち伏せすればいい。ネズもきちんと準備しててよね、あなたが大好きだから! - - - - - - |