×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




リーサルドーズ癖



 ディスプレイに光る〈キバナ〉からのメッセージ。わざとらしくおれの目の前にスマホを置いてシャワーに行ったお前のせいで嫌でも目につく。ロックをかけていないこと、知ってますよ。おれに見られたいんでしょう。望み通りに盗み見してあげます。〈来週の月曜空いてたら来いよ〉シンプルかつ偉そうなテキスト。この一行でふたりの関係は察することができる。大胆なものだ、おれと同棲していながら。来週の月曜日、おれはラテラルタウンでライブ。終日いない予定だ。お前にはもう伝えてありましたよね。キバナのお誘いに乗れますね。ため息も出ない。ディスプレイの指紋を拭いて、元の通りに置いておく。がちゃりと音がして、髪を濡らしたままのお前が鼻歌混じりに部屋に入ってきた。「おねがい」無垢な笑顔でドライヤーを差し出す。お前の髪を乾かすのはおれの仕事。傷んだ髪を指で梳きながら取り留めのない話をする。さっきお風呂で溺れかけたなんて無邪気な話を聴いてやる。おれはもちろんスマホを覗いたことは言わないし、匂わせない。それでもお前はきちんと知っているんですよね、見させるために放置していたのだから。ひとに髪を乾かせておいて、お前は相変わらず鼻歌混じりでスマホをいじり始める。白い指先がすいすい動く。すぐ後ろにおれがいるのに気にせず〈キバナ〉へのメッセージを打ち始めた。おれは変わらず知らないふりをする。お前の指先が跳ねるのをじっと見ているのに。〈わかった! その日いちにち空いてるから行くね〉ご丁寧に語尾にハートマークまでついている。おれはそんなメッセージもらったことない。こんなにも無防備だとおれの常識が間違っているのかと思わされます。普通、彼氏の目の前で違う男とふたりきりになる約束をしますか? 浮気するとしても、もう少し隠れるものじゃないですか? いまここで咎めることができるのに、おれはそれをしなかった。「乾きましたよ」出来るだけ穏やかに告げる。「ありがとう」さらさらの髪を靡かせてお前は振り向いた。その笑顔は本当にずるいです、なにも言えなくなってしまう。ああその髪も、指先も、喉も、声も、笑顔も、おれだけのものじゃないんですね。痛いほど突き刺さります。「ねえ来週のライブさ、ラテラルだっけ」「そうですよ」「あのさ、ネズだから大丈夫だと思うけど」視線が泳ぐ。なにを言おうとしているのかはだいたい分かるけれど、おれは次の言葉を待つ。「あのさ、出待ちしてる女の子とかにひっかかっちゃ、やだよ」おれのシャツを摘んで恥ずかしそうにそんなことを言う。やっぱりお前はずるい女です。自分ばかり相手を独占しようとして。「馬鹿ですね、そんなことあるわけねぇのに」けれどおれは嬉しく思ってしまって、口角が上がるのを必死に抑える。愛されていることがしっかり分かってしまうから。「ネズ、女の子人気あるから」俯いているお前の表情は見えないけれど、たぶん自分で最悪の想像をして泣きそうになっているはずです。捨てられたらどうしよう、などと考えているんでしょうね。おれはお前の額にキスをする。お前は安心した顔になる。左手のスマホが小さく震えて、また〈キバナ〉の文字。見ないふりをしてお前の髪に指を通す。これから始まる儀式はお前が愛されていることを確かめるための儀式。違う男と同じことを行っていてもいまは関係ない。おれはおれが持っているだけの愛をお前に捧げる。その晩おれは〈キバナ〉への当て付けみたいにお前をいつもより乱暴に抱いた。お前は喜んでいるようだった。「すき」ねぇ、同じ声をキバナにも囁いているんですか、お前は。ああなにもかも、おれだけのものならよかったのに。何度もそう考えてしまうおれはマゾヒストなのかもしれない。これ以上考えたら死んでしまうくらい、お前を好きなんです。どうしても考え込んでしまうんです。死にたいのかもしれません。死ねば楽になれるのですから。でもそれをしないのは、お前を好きだからです。本当に。

- - - - - -