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それでも世界はなくならない



「メンヘラちゃんまたかわいー服着てんね」
 キバナは不必要にヒラヒラがついた服を脱がせながらさらりと褒めた。今日は大人しめのつもりだが、そんなことをいっても無駄なので黙って頷く。ビスチェ、ブラウス、下着がするすると脱がされてゆく。少し寒い。すべてを脱がせてからキバナは必要以上の力でわたしを抱きしめた。「ほんっと可愛いなあ。大好きメンヘラちゃん」「その呼び方やめて」「だって本名教えてくれねぇじゃん」そうだね、教えるつもりもないし。
「ライブ楽しかったか?」
「……いつも通りかな」
「へいへい、楽しかったってことね」
 ほんとはいつも通りじゃなかった。でもそれをこいつに教えてもどうしようもないからなにもいわない。
 彼は寒さを少しも厭わず服を脱ぎ捨てる。浅黒い肌。いまからわたしは知らない自分になるため、彼に抱かれるのだ。
 嫌悪感はなかった。むしろ安堵さえしていた。
「オレずっとメンヘラちゃんのこと可愛いと思ってたんだよねー」
 本質的に、ネズと同じことをいっている。のしかかる大きい身体はまるで違うけれど。この胸もこの腰も、ネズとは全然異なる。
 ネズならどんな風にわたしを抱いたかな。考えるだけ虚しくなる。だって自分から逃げたんだもの。
「会いたかったよ、わたしも」
 いまだけわたしの神様になってよ、キバナ。二度と離さなくていい。本当の神様を忘れてしまうまで。
 分かりやすく上機嫌な顔で、キバナはわたしに覆いかぶさる。雑なキスを何度もした。注がれる熱い唇。頬に触れる熱い指。なにもかも熱い。
 逞しい肩。わたしを抱きしめて二度と離さないような太い腕。考えちゃいけない、比べちゃいけないんだ、ネズとは。恋人同士みたいに指を絡める。知らない大きな手。いまだけの神様は火傷するほど熱いひとだった。
 ベルトを外す音を聴きながら、どうしても神様のことを考えてしまっている。
 ネズならどんなキスをするか、どんな風に抱きしめるか。
 心のなかで首を横に振る。本当の神様はそんなことしない。わたしは見えない女の子。死んだ女の子。
 身体に似合わない優しい愛撫のあと、わたしはキバナのいちばん熱い部分を受け入れる。あなたはいま死んだ女を相手にしてるのよ。そういったってなにも分かんないだろうけど。
 余裕ある笑みが憎たらしい。これがわたしの救いだなんて、全く狂った人生になってしまった。あの神様のせいだ。
「メンヘラちゃんはさ、ネズとこういうことしたくないわけ?」
「……っ、うるさい」
「あはは、ごめん」
 リストカットだらけの左腕をべろりと舐め上げ、どういう感情かわからない微笑みをくれる。優越感なのか、単純に欲求が満たされたせいか。
 抱かれた瞬間、わたしは消えると思ってた。
 だけどリアルは正反対で、内臓が擦れるたびに生を実感させられる。耳元ではキバナの荒い息、このまま押し潰されそうなほど大きい身体。わたしはすっかり冷めていた。
 キバナは口付けを迫る。わたしはそっと瞳を閉じた。
 神様なんだかごめんなさい。わたしは悪くないけれど。



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