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悪癖



 がっしゃん、と大きな音が彼女の部屋から聞こえた。直感的に嫌な予感がしてノックもせずドアを勢いよくあける。そこには焦点の定まっていない彼女と、ボウルをひっくり返してヨーグルトを床にぶちまけた悲惨な現場があった。
 頭を抱える暇もなく、フラフラと幽霊みたいに動く彼女を抱きとめて
「またやりやがりましたね」
 そう声を掛ける。返事はなかった。
 目を離すとすぐにオーバードーズしたがる、お前の悪い癖。
 そんなときはいつもおれが乱暴に事を解決してやる。剃刀の刃を取り上げてベッドまで運び、未だ焦点の定まらない目を見て「ちょっと苦しいですよ」とまるで医者みたいに声がけする。
 小さい口を無理やり開かせて指を侵入させる。舌のいちばん奥を中指で叩けばしゃっくりするように彼女の小さい身体は反応した。肩と頭がぐらぐらと揺れる。
 びしゃ、と白くて黄色い吐瀉物がシーツに溢れた。未消化のヨーグルトとカラフルなカプセル、白や青の錠剤。鼻をつく饐えたにおい。もう慣れたものだ。もう一度舌の奥を押してさらに吐かせる。びしゃびしゃと胃液交じりに同じようなものが吐き出された。
「、お゛え゛、っ」
 まったく可愛くない声を出しながら彼女は涙を流した。冷たい水が指を伝う。「またやりやがりましたね」おれはまた言う。涙と鼻水でずるずるになった顔で「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にする様は少し滑稽だ。
 胃液しか出なくなるまでシーツに吐かせた。苦しそうにシーツを掴む指先や綺麗な髪に吐瀉物が絡んでも気にしてやらない。それより大切なのはいまこの女を死なせないようにすることだ。
 きちんと胃液しか出なくなった頃、おれの手は彼女の体液ですっかり汚れていた。
「ごめ、んなさ、い」
 ぜえぜえと息をする彼女の顔は苦痛に歪んでいて、おれのなかのよくない感情が首を擡げるのを感じた。
「お前は、」
 本来ならここで水を飲ませたり医療機関に連絡したり適切な対処があるだろう。
 それなのにおれは、
「お前は可愛いですね」
 そう、苦痛に歪む表情と快楽に溺れる表情は同じだと。
 下腹部の熱さを隠さず小さい身体を後ろから抱きしめた。びくりと震える反応はおれの考えていることを分かっているからに違いない。
 普段なら清潔な香りがする髪からは吐瀉物の下品なにおい、白い指先も嘔吐した未消化物で汚れだらけ、シーツと同じ白い部屋着にも染みができていて、きっとこんな欲望を押し付けていい状態ではない。
 ああそれでも、そんな表情を見せたお前のせいです。その目は絶望ですか、それとも期待ですか。涙を終わりなく流し続ける瞳を見据えたらもう我慢ができなくなる。汚れきったシーツに彼女を押し倒して弱った身体をこれから犯し尽くしてしまおう。
 お前の苦悶に興奮するのが、おれの悪い癖。

 
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