リハーサルと違うのはオーディエンスの有無とおれのやる気、それとあの子がいるかいないか。 スポットライトに映し出されるおれはオーディエンスに笑いかける。あの子の姿は曇って、なぜかはっきり見えない。 リハーサルと違う音が走り抜ける。ああおれは君のためにここにいるんです。名前も知らない、君のために。 ネズを求める歓声、振り上げられる拳、だんだんあの子が離れていく。 「お前ら暴れすぎなんじゃねぇですか」 モッシュ、ダイブ、なんでも好きにすればいい。 ただ、だんだんあの子が離れていく。 小さいライブハウス、だんだん遠くに行ってしまう君の姿はやがて見えなくなり、余計に君を好きになっていく。 ネズがこんな小さいことをいうなんて、君は笑うでしょうか。 ああライブの時にしか会えない君、いつも後ろ半分でぴょんぴょん跳ねている君。君が跳ねるたびにどんどん好きになっていく。 ライブ後はいつまでも楽屋に残って出待ちが帰るのを待つ。 サポートのベースにそろそろと促されてジャケットを羽織り仕方なく外に出る。何時間経っても粘るファンというのはいるものでおれは対応を余儀なくされた。 そのなかにあの子はいない。 どんどん君は離れていく。余計に君をすきになる。 本当は今夜にでもギターケースに君を詰め込んで攫ってしまいたい。スポットライトを彼女に当てて「君が好きです」と叫んでみたい。 ライブハウスは特別な空間だ。ひとをおかしくさせて、すべてを恋に変えてしまう。 ああ君はシンガーのネズが好きなのでしょう。 どんどん君が離れていく。そして余計に恋していく。 名前さえ知っていればリハーサルのときこっそり名前を忍ばせることだってできるのに、おれたちはあくまで他人のままだ。 ギターケースをふたりの部屋にして、離れないようにしっかり抱きしめてみたい。シンガーじゃないおれだって見てほしい。叶わないかもしれないけれど。 ネズがライブハウスに来るたびに君はどんどん離れていく。おれはどんどん君に恋していくのさ。 - - - - - - |