どこがすきかと問われたら、笑顔だとか声だとか、いくつもいくつも挙げられる。靴下を左右間違えて履いてくるところとか、リュックを逆さまに背負って気づかないままうちに来てしまったところとか、今日だけでも随分可愛いところを見せてくれた。あと、いつまで経っても道を覚えないところとか、要するに抜けていて、ずっと見ていられるからすきだと思う。 「それ、全部悪口ですよね」 なにを見るでもなくつけっぱなしのテレビ。寒いからとふたりでくっついて冷たくなった紅茶を飲んでいる。 「褒めてないですけど、悪口でもないですよ」 「訊いてもないのに勝手に話し始めたんだから、悪口です」 なるほど。 テレビのなかでは知らない人間が知らない人間とキスをしていた。こんなシーンで恥ずかしくなるほどおれたちは子供じゃない。「知らない、この俳優」彼女は思ったことをそのまま言う癖がある。「知らないですね」おれも、そのまま返事する癖がある。こういうところは子どもっぽい感じがするな。 「わたしもネズさんのすきなところいいますよ」 ぐいっと顔が近づいた。睫毛と睫毛が触れ合いそうな距離。お揃いのチョーカーが鈍く輝いた。真面目な顔も可愛くて、またすきだと思う。 「死んだ目、細すぎる腰、意味わかんない髪型」 「全部見た目じゃないですか」 「見た目がすきなんですよ」 ふたり揃って表情を緩めた。 「見た目も、ですよね」 「まず見た目がすきなんですよ」 「ま、大事なことですけど」 先に目を逸らしたのはおれだった。大きな瞳にうつる自分にたじろいだせいだ。近すぎる。大人なのに心拍数が上がった。 目を逸らしても距離は変わらず、鼻と鼻がくっつく。 「そうやって照れるところもかわいくてすきです」 「わかったわかった、おれの負けでいいです」 もうどちらもテレビなんか気にしていない。最初から大事なものではなかったし。 「負けでいいですから、ギターでも弾きますか」 「話を変えないでください」 「最初からそんな話してないです」 「始めたのはネズさんですけど」 おれは逃げるのが下手だ。すぐに捕まって彼女のいいようにされる。じわじわと後退り。じわじわと侵略してくる可愛い悪魔。 壁際まで追い詰められて、また驚くほど距離を詰められる。近い。「近いです」そのまま口にする。「近づいてますから」そのまま返事がある。前髪が触れ合った。そういえばいつからこんなにすきになってしまったんだろう。 にやり、彼女は口元を綻ばせる。 「ネズさんはわたしのことどれくらいすきですか?」 少し逡巡して、 「…………かなり」 我ながら間抜けな答えだった。かなり、たくさん、すごく、とにかく。近すぎる吐息に初めて動揺している。 「わたしはね、食べたいくらい大好き」 小さい口が大きく開いた。この後、おれは彼女に食べられる。跡形もなく。きっと。 - - - - - - |