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姫とバカ



 主食はお菓子とパンで、欲望のまま動き出す。考えていることが全然わからない娘。
 新しいワンピースを買うとオレに見せびらかしにきて、可愛いといわれるの待ち。それ以外の言葉は受け付けない。そんなところ、嫌いじゃないぜ。なんだっけ、覚えきれない難しい名前のブランドと、厚底のブーツ。間違えて答えると機嫌を損ねるからオレは慎重に答える。ダメだ今日は出てこねぇわ。
「ダメだなー」
 母親から譲ってもらったリングが反射でキラキラ光る。オマエの瞳そっくり。
「Juliette et Justineくらい覚えててよね」
「もう覚えた」
 Juliette et Justineのワンピース、Innocent Worldのヘッドドレス、excentriqueのコルセット。オマエの口から出るのは知らない世界の知らない言葉だらけ。
 少女は不必要にヒラヒラのついた服と甘いものが好き。
 不必要にヒラヒラのついた服で好きか嫌いかで毎日生きる。嫌いじゃないぜ、それ。
「このワンピース好き?」
 中世のお姫様みたいな格好はこの街にはとても不釣り合い。
「オレは嫌いじゃない」
「じゃなくて」
「可愛い」
 強制的に言わされて、それでもオレは楽しい気分。オマエが苦くて飲めないブラックコーヒーを飲みながら意味のない会話をただ続ける。こんな幸せな瞬間が他にあるだろうか。空は晴れていて一点の曇りもない。オマエの瞳そっくり。
「走りにくくねぇの?」
「走らないもん」
 そういえばそうだ。ほとんどなにも入らない小さいバッグを持ってとろとろ、のろのろ歩いているところしか見たことがない。
 運動嫌い、急ぐの嫌い、走るの嫌い。この娘はなにも急ぐ必要がないから、それでいいんだ。遅刻してオレを待たせても何食わぬ顔。それでいいんだ。そういうとこも、嫌いじゃないぜ。
 マカロン好き、スコーン好き、紅茶好き。まるで本当のお姫様。優美な指先はまるで魔法の杖。少し動かすだけでオレを笑顔にしてしまう。
 オマエのこと好きだから、なんでも知っていたい。当たり前のこの感情が胸をしめつける。
「オレさ」
「うん」
「オマエのこと好きなんだよな」
「うん。わたしもキバナのこと、嫌いじゃない」
 好き嫌いしかないくせに、これだけは躱すのが上手い。
 オレ以外に好きな男がいること、ちゃんと知ってる。知ってて何度も好きだと伝える。オレはたぶん、バカ。
「そっか」
 好き嫌いしかない少女の世界にオレだけ異質な存在。いまはそれで満足するしかない。オレは特別。好きでも嫌いでもない、特別な存在。
 あ、思い出した。その厚底の靴はVivienne Westwoodだ。走りにくそうな厚底靴。こけたら抱きとめてあげるのに、それってオレの役割じゃないんだよな。目の前にいるのはお姫様なのに、騎士になれないオレって、たぶんただのバカ。

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