「ネズさんあたしのこと好きでしょう」 ライブ帰り、路地裏、行く手を阻む少女。アリスみたいなニーソックスでくるくるとおれの周りを泳ぐ彼女は怖いものなし。 「ねえ、目を見たら分かるんですよ、あたしのこと大好きでしょうがないって目してる」 「そこを退いてください」 「どうして?」 「帰れないでしょうが」 月明かり、遠くで犬の鳴き声、笑う少女。無視して通り過ぎればいいことくらい、赤子にでも分かる。それをしないのはたぶんおれが彼女を受け入れているから。 「未成年は帰る時間です。お前も帰りなさい」 「連れて帰ってくれてもいいんですよ?」 「しません」 「どうして?」 「どうしても」 「どうして?」 「どうしても、です」 ミサイルみたいに飛んでくる「どうして?」を避けながらふらふら歩く。少女はおれの隣から離れようとしない。このままだと本当に連れて帰ってしまう。背負ったギターで肩が軋んだ。 ロッキンホース、上目遣い、甘える少女。思いこんだらどこまでもまっすぐ。キラキラと輝く目でじっとおれを見つめる。 「好きって言ってください」 「はいはい」 「言って」 「好きですよ」 「どうして?」 「どうしても」 細い腕がしなやかにおれの腕に絡んでくる。青白い肌は月に照らされてまるで陶磁器。少しも嫌な気分にはならなかった。ブーツの鳴る音。ふたりの歩みが徐々に揃う。 鼻と鼻が触れ合って、髪と髪が触れて、影が重なって、 「ねぇ、キスしてもいいですよ」 ねだる少女。 「どうしてです?」 今度はおれの番。 「ネズさんがあたしのことを好きだから」 「どうしてですか?」 「あたしが可愛いから」 オレンジ色の唇が迫って、 「キスしてもいいですよ」 少女がそう言うので、お言葉に甘えておれはそのままキスをした。 「……どうして?」 二月の風、驚いた声、月みたいにまん丸の目。 「お前が好きだから」 手を差し出せば驚いた顔のまま握り返す。 「どうして?」 「大人ってときどきワケのわからないことをするんです」 おれの返事に少女はニヤリと笑った。 「ワケわからなくないですよ」 「どうして?」 「あたしもネズさんのこと好きだから」 子供同士みたいに手をつないで並んで帰る。少女は嬉しそうにぴょこぴょこと歩く。分かりやすいヤツめ。 「このまま連れて帰ってもいいんですか?」 「いいですよ」 今夜の勝負は引き分けといったところだろうか。 - - - - - - |