「ネズさん、これじゃあ足りないっすよ」 エンジニアの一言のせいで急遽アルバムに差し込まれた捨て曲。不足を補うためだけに入れられる曲。どうせ飛ばされるだろうと高を括ったから、おれとあいつの思い出を歌った。おれたちの思い出は「どうもすみません」とでもいうように華々しい曲たちのあいだに挟み込まれた。 おれとあいつの時間は長くて短かった。思い出はたくさんあったが、歌詞にするほどの思い入れはなかった、と、思っていた。 プロモーションだ、ライブだ、トークイベントだ。おれは捨て曲を求められた。「飾らない素敵な恋の曲で巷で大流行」違う、リード曲を聴いてくれ、捨て曲なんか捨ててくれ。実際、今日街でスマホからあの曲を流す女を見た。「この歌流行ってんだ」おれとあいつのことがなんで。 先に離れたのはおれだった。あいつは泣かなかった。ライブだけが人生だといったおれを「バカだね」といって猫を連れて出て行った。おれは捨てたし、捨てられた。苦い記憶が蘇り、頭に居残る。 イベントだ、フェスだ、ラジオ収録だ。やっぱり捨て曲を求められた。「ネズさんっぽくないってんで大流行ですよ」違う、あれはおれそのものなんだ。捨て曲のやつ、捨てられたってのに大衆に拾われてしつこくおれにつきまとう。 耳を塞いだところで無駄なのは、だっておれが歌わないと成立しない曲だから。 知らない女が歌ったって、ただ綺麗に空へと舞ってゆくだけ。 あいつとのキス、緑のブーツ、植物園、花火。捨て曲め、いろいろな言葉でおれを追いかけやがる。 捨て曲が街中に流れて、おれは逃げ出した。逃げたところでやっと始まりそうな新しい恋、 「ねえあの曲歌ってよ」 あいつは違う女の口を借りておれからの愛を迫った。 あのとき「出て行かないで」と縋りつかれていたら、抱きつかれていたら、こんな曲に追いかけられることもなかったのに。畜生おかしいな、未練なんてなかったのに、あいつの顔が離れない。誰かの口から捨て曲が歌われるたび「バカだね」の一言がおれを苛む。そうだおれはバカだった。どうしてあのときあいつを捨ててしまったんだろう。 ライブだけが人生で、あとはすべて夢なのに。どちらにもあいつは顔を出す。今更。 馬鹿馬鹿しいことをいうけれど、おれは今更あいつに恋をしていた。捨て曲め、お前さえなければこの苦い感情を思い出すこともなかったのに。 カラオケだ、SNSだ、歌番組だ。今日もあいつへの二度目の恋が街中に流れている。 猫を詰めたリュック、ニーソックス、サーカス。捨て曲め、思い出の単語でおれを追い詰めやがって。 - - - - - - |